しるし》にていんで、二百――ハヽヽッ、旦那兄貴はなんか言ってましたか」
「お前が支倉から二百両|強請《ゆすっ》たと云ったよ」
「じょ、冗談ですよ、旦那、強請たなんて、強請ったにも何もまるっきり貰っちゃいませんです。話だけ二百両で片を附けると云う事になった翌日、姪の奴が行方知れずになったのです」
「ふん、で、金の方はどうした?」
「あっしゃ何でも支倉の奴が邪魔者だと云うので殺《や》ったに違いねいと思って、飛込んで行ったのです。所が野郎落着き払って、逆にあっしに喰ってかゝるのです。貞が見えなくなったと云うのは貴様が隠したに違いない。早く本人を連れて来い。でなきゃ金は一文だって出せないぞ、って息巻くんでさあ、恰《まる》で云う事が逆なんでさあ」
「ふん、それからどうしたね」
 石子刑事は早口に聞いた。
「あっしも黙っちゃいませんや、ね、旦那」
 調子づいた定次郎は臭い息を吐きながら、
「あっしが貞子を隠すなんて途方もねえ事です。所がどうも口となるとあっしゃ不得手でしてね、とう/\支倉にやり込められて、僅かばかりの涙金で、スゴ/\と引下って来たんです」
「ふむ」
 石子刑事は腕を組んだ。
「じゃ君は貞子の事については心当りがないのだね」
「からっきし、見当も何もつかないんです。だが、あいつも十六だったんですから、自分から死ぬ気なら遺書《かきおき》の一本も書くでしょうし、生きてるなら三年|此来《このかた》便りのない筈はねえでしょう。あっしはどうしても支倉が怪しいと睨んでいるんだ。旦那、あんな悪い野郎は御用にしておくんなさい」
 定次郎の話も支倉に対する疑惑をいよ/\深くするだけで、積極的には何の役にも立たなかった。石子刑事は元気なく頭を垂れたまゝ汚い車宿を出た。
 外へ出た彼はそのまゝ帰署して根岸刑事に相談しようかと思ったが、思いついて、一度支倉の留守宅を訪ねて、彼の妻に会って問い質して見ようと云う気になった。彼は水道橋駅から省線電車に乗り込んだ。
 支倉の家は相変らずしーんとしていた。十日許りの間に庭の梅の木は主人のいないのも知らぬ気に一輪、二輪|綻《ほころ》びかけていた。離座敷に通されて、梅の枝を見上げた時に、取逃がした日の事が歴々《あり/\》と思い出されて、それからの苦しい四晩の徹夜、それから今日までの苦心の数々が、なんだか遠い昔から続いているように石子刑事に思われたのだ
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