事を訊問して頂きたいと云う、其の事項を書いて、チャンと裁判所に出してあるのです。それから又弁護士の方にも同一様の庄司利喜太郎に対する訊問事項を書いて、公判期日に間に合うようにチャンと前以って宅下げの手続きしてあるのであります。夫れを因藤裁判長殿の手許に押えて置いて能勢弁護士の手に渡るようにして呉れないのであります。ですから能勢弁護士さんも支倉が庄司に対する何う云う事を求めとると云う事は分らないのであります。(中略)其の証拠品と云う物は私から皆大正十一年中裁判所に提出してあるものであります。其の証拠品は裁判所に一つもないと云って、私の求めるかなめ肝腎の証拠物を出して呉れないのであります。(証拠物略)
因藤裁判長殿は神楽坂から支倉喜平事件証拠金品目録として送って来てある所の其の書信を庄司に一々示した上、此の書信の前後のものをどこへやったのか。又この家屋譲与に関する書類は何うしたのかと、其の証拠を庄司に突きつけた上、因藤裁判長殿はこの家屋譲与書類(只今裁判所に在り)は証人は喜平に犯さぬものを一時証人はアトで書類を出す日まで、犯したとさせる約定条件から喜平の実印や其他金品と一緒に授与しとるではないか」
[#ここで字下げ終わり]
支倉の裁判長忌避の理由なるものは尚縷々として尽きないのである。
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「証人(庄司)は大正六年三月十九日に神楽坂署長室でウイリヤムソン宣教師と、それから当時来合せた神戸とを立会保証、家屋譲与尽力者に立て、支倉のカナイに授受しとる金晶及書類を小林弁護士は皆よう知っとると云う事だが、其品々は何々で又其品々を証人は誰某から取上げて裁判所に分らんように謀って授受してあるのか、又証人は喜平が事実罪を犯して自白しとるものとしたら、証人は喜平に検事廷と予審廷に行ったら、こう云う事を申立てゝ呉れ、そうせなけりゃ、支倉の妻子の着とる衣物まで皆剥いで聖書会社にやって終う。きみはわし(庄司)に頼まれとる通りに検事廷で言って呉れるか呉れないかを監視させる為に、証人手許の三人の刑事(氏名略)を大正六年三月二十日検事廷と予審廷に付き添えての上、支倉喜平調書と云うものを小塚検事と古我予審判事とに作成させると云う事ではないか。
喜平は証人に依頼されとる通り申立てないと、付添うている三人の刑事の中の誰ぞ一人から、神楽坂署に電話で知らせがあって、喜平の宅に臨ん
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