あります」
とつけ加えて、漸く長広舌を終った。
裁判長は引続き証人の訊問に移ろうとしたが、この時被告人及び弁護人より、今日はこの程度で打切り、続行せられたき旨申請し、検事も同意したので、裁判長は合意の上之を許可し、次回を来る六月十三日午前九時と定めた。各証人はこの日は全く無駄足をしたのだった。
六月十三日の公判! これこそ支倉にとって最後の公判となった事は後にぞ思い知られたのだった。
次回の公判には庄司署長が初めて証人として出廷訊問を受ける事になっている。この訊問こそ支倉の万策尽きた今日、残された唯一の頼みの綱で、冤枉八年の叫び空しきか、将又《はたまた》空しからざるか正々この一挙で決するのだ。彼は獄窓裡に或いは喜び、或いは憂え、よもすがら秘策を胸中に練った事であろう。
彼は当日庄司署長と共に出頭すべき神戸牧師に対して、五月二十八日と六月十一日の二回に亘り、例の恐喝の手紙を送った。
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「来る十三日には刑訴第三百五十三条に基き始めからシッカリした訊問をやって貰おうと思っています。
「私は真理の分るまで忌避に弁護解除を続け、断然裁判宣告を受けません。ソウなるとアナタも又呼出される迷惑な話、どうか嘘を云わんで下さい。
「アナタはサダの事や庄司に渡した手紙の事なり、自分の事について木藤氏に打解けた話をしとる事は皆手紙で私の方に木藤氏から書送って来て、一つの証拠となるべきものがあります。何とぞ木藤氏が永眠したのを幸いに庄司から頼まれ偽証するような事はせないで下さい」
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六月十一日附の手紙には半紙にペン書きで細々と書いた脅迫状の外に、一枚半紙に毛筆で認めたものがついていた。
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「真近に梅雨がやって来ます。
みな様丈夫にて御過ごしのよし、なにより結構であります。アナタは御健康で結構でありまするが、私は身体が日増しに悪くなるのです。此分では近い中に病死するかも知れません」
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人と云うものは死期が近づくと、知らず識らず気が滅入るものだろうか。流石の支倉も云う事がどこともなく哀れっぽい。以上に認めた脅迫文句もいつも程凄味がないように思える。
さていよ/\公判の日が来た。大正十三年六月十三日、梅雨空の陰鬱な日だった。
裁判長以下各判事検事等は一段高い所に厳めしく居流れ、弁護席はと見
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