正六年押第二八八号十五の布地の地質、染色、模様等如何。
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 と云うのだった。
 さて十月二十五日の公判であるが、劈頭呼び出された鑑定人が退廷すると、今度は順次に証人が呼び入れられた。
 第一に入廷したのは例の井戸浚いをした人夫で、裁判長の訊ねるまゝに予審廷に置けると大同小異の返答をした。次に呼び入れられたのは井戸から死体の出た当時、検視した医師である。之も予審廷に於けると同じような陳述をして退廷した。
 次に呼び入れられたのは神戸牧師である。
 神戸牧師は口をへの字に結んで太い眉をきりゝと上げながら、証人席についた。
 彼はこうして公判廷に呼び出されるのを決して愉快には思っていなかった。元より被告と違って、何の罪がある訳ではなく、少しも恥る所はないのであるが、我国の風習では法廷に出ると云う事自身が既に快いものでない。それに裁判長には権柄ずくで訊問されるし、少しでも間誤《まご》つこうものなら厳しく追求せられる。反対の立場にある弁護人から皮肉な質問を浴びせられる事もある。牧師の身としてこんな目に遭う事は一種の侮辱を感ぜざるを得ない。それに証言そのものは支倉の私行上の事に渡り、女を姦したとかそうでないとか云う実に不愉快千万な問題である。
 神戸牧師ほど本事件について甚大な迷惑をした人は他にあるまい。支倉事件では随分いろ/\の人が悩まされたが、そのいずれもは職務上か或は直接事件に関係した人である。神戸牧師に至っては単に貞子の事で支倉と貞子の叔父との間を、それも頼まれて止むを得ず仲裁の労を執っただけなのである。
 所が裁判の上から云うと、彼の証言は実に重大なのだ。井戸から上った死体が貞であると確定しても、次の問題、支倉が果して彼女を井戸に突落して殺したかどうかと云う問題になると、さっぱり動かすべからざる証拠と云うものはない。そこで支倉が果して貞子を殺さねばならぬ切迫した事情があったかどうかと云う事が重大問題になって来るが、この問題になると、支倉対小林の関係を詳細に知っている神戸牧師の証言が非常に有力になって来る。のみならず、彼は支倉の自白の際立会っているのだ。
 神戸牧師にして見れば、証人として立った以上、事実を抂《ま》げて陳述する事は出来ない。又実際彼は殊更に事実を抂げて申述べる事をする人でもなければ出来る人でもない。所が神戸牧師の一言一句は直ちに支
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