で第三者を首肯せしめる訳に行かぬ。こんな点は彼が確に性格異状者である事を語っていると思う。
で、こう云う訳で神楽坂署では支倉を目するに重大犯人であると考えたのは当然である。殊に刑事達は彼の嘲弄に一方ならず激昂していた際であるから、彼が愈※[#二の字点、1−2−22]捕縛せられて署へ護送せられた時には蓋し署内に凱歌の声が溢れたろうと思う。
さて支倉は神楽坂署へ押送されると、直に大島司法主任の面前に引っ張り出された。
彼はいかなる訊問を受けるか。彼果して素直に自白するや否や。
支倉喜平は司法主任の面前に引据えられた。左右には刑事が控えている。
もし誇張した形容が許されるなら、司法主任以下直接事件の関係者たる根岸、石子、渡辺の諸刑事は、正に勇躍して彼を迎えた事だろうと思う。蓋し支倉の一筋縄で行かぬ人間である事は明かに分っているのであるから、証拠も既に相当集まっているのであるし、こいつ一番是が非でも泥を吐かしてやろうと云う意気込みが、云い合さないまでも、各自の心のうちに十分あった事であろう。
支倉も身から出た事とは云いながら、訊問の始めからこう云う印象を警吏に持たれるのは哀れな所がある。
「姓名は」
司法主任はジッと彼を睨みつけながら厳かに云った。
「支倉《はせくら》喜平」
彼は臆する所なく濁声《だみごえ》で答えた。
「年齢は」
「三十八歳」
「住所は」
「芝白金三光町××番地」
「職業は」
「伝道師です」
「うむ」
司法主任は大きくうなずいて、下腹に力を入れながら、
「君は当署から使が行って同行を求めた時に、何故偽って逃亡したのか」
「逃亡した訳じゃない」
支倉は主任の言葉を跳ね返すように、
「警察などと云う所は詰らぬ事で人を呼び出して、三日も四日も勝手に留て置くものだ。僕はそんな侮辱的な事をされるのが心外だったから出頭しなかったまでだ」
「うむ」
主任は彼の不敵な答弁に些か感情を損ねたらしく、いら/\する様子が見えた。
「お前はどう云う訳で呼び出されるのか知っていたか」
「多分聖書の事だと思う」
彼は太い眉を上げながら大音に答えた。
「聖書の事なら決して君達に手数はかけない、あれは譲り受けたのだから、どこへ売り払おうと僕の勝手だ」
「それなら尚の事逃げ廻るには及ばんじゃないか。何か外に後暗い事があるに相違ない」
「そんな事は絶対にない」
「お前
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