に、ヒョロ/\と境内に這入って行く、彼の運命も遂に尽きたのだろうか。
 支倉の足が一歩境内に踏み込むと、石子はホッと安心の息をついた。未だ彼との間は十間ばかり離れているので、果して同僚の刑事が支倉の姿を認めたかどうか分らないけれども、間もなく刑事は石子の姿を認めるだろう。そうすれば直ぐに合図をするから、苦もなく捕って終う。兎に角もう十分に網の中に追い込んだのだから心配はない。
 石子刑事がホッと気を緩めた瞬間に、支倉は不意に後を振り向いた。あっと思う暇もなく石子は彼に見つけられて終った。支倉は異様な叫声を上げると、直に足駄を脱ぎ飛ばした。


          受縛

 不意に振り向いた支倉は石子刑事の姿を見ると、忽ち跣足《はだし》になって一散に鳥居内に駆け込んだ。安心し切っていた石子はこの思いがけない出来事にあわて気味に彼の跡を追った。
 支倉《はせくら》と石子との距離は近づいた、と、支倉はヒラリと身を転じて一廻りすると、恰度石子と入れ交りになって、そのまゝ電車通りの方に駆け出した。袋の鼠も同然と境内の方へ追い詰めて行った石子は、はっと彼の二重廻しを掴んだが、彼は素早くそれを脱ぎ棄てたので石子刑事はタジ/\とした。その暇に彼はドン/\逃げて行く。咄嗟の間に早くも一切を悟った支倉は境内の方へ逃げては一大事と、態と石子を近くまで誘き寄せ、一歩の所でクルリと方向を転じて通りの方へ逃げ出したのである。
 文章に書くと相当長いが、之すべて一瞬の出来事で、鳥居近くに構えていた田沼刑事もそれと悟る暇がなかったのだった。
「しまった」
 そう心の中で叫びながら、石子刑事は忽ち用意の呼子の笛をピリ/\と吹いた。笛の音に応じて境内からバラ/\と四、五人の思い思いの服装の刑事達が現われた。見ると石子が一人の怪しい男を追って行く。それっと云うので一瞬の猶予もなく彼等はその後を追った。
 支倉は毬栗頭を振り立てゝ走って行く。結んだ帯がいつしか解けて、長く垂れた端が裾に絡みつく。支倉は頑丈な身体の持主で、気力も頗《すこぶ》る盛んではあったが、この時に年三十八と云うので、そう思うようには駆けられない。追って来るのは本職の刑事で半ばは二十台の血気盛んな屈強な男である。彼は次第に追いつめられた。
 停留場の附近で、先頭に立った石子刑事の手が彼の腕に触れた。道行く人が何事ぞと驚いているうちに、後か
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