つけようとするだろうと思うのだ。それだから、こっちはその裏を行って、電車通りに待構えていて、きゃつが電車から降りようと車掌台に姿を現わした時に逸早く見つけようと云うのだよ」
「成程、それは有効な方法だ」
田沼はうなずいた。
「けれども第一きっと電車で来るとは極ってはいないし、もし向うに先に感づかれると困るよ」
「そこはどうせ運次第だよ。第一そんな事を云えばきゃつが今日こゝへ来るかどうかさえ疑わしいんだからね。僕だって一生懸命だから万に一つの仕損じはないと思うけれども、もし取逃がしたとしても十人もの人間で網を張っているのだから大丈夫さ。では、宜しく頼むよ」
石子はそう云い棄てると、さっと電車通りの方へ出た。そっと時計を見ると十時に十五分前である。彼は轟く胸を押えて、停留場の少し前の電信柱の蔭に隠れて、前後に激しく揺れながら疾走して来る電車をきっと睨んだ。
支倉がもし浅田の手紙を警察の罠ではないかと云うような懸念を持っていたら、彼も油断なく電車の中から外の様子を覗っているかも知れないが、疾走している電車の中からは外を観察すると云う事は困難であるし、それに混雑した昇降口から降りる時には、そう油断なく外へ気を配ると云う余裕がない。どうしてもそっと物蔭に隠れている者にすっかり身体を曝して終う。況んや支倉の方はそう云う用意がないとすると、どうしても覗っている石子刑事の方が勝を占める訳だ。石子刑事も又そこを計算に入れて、こうして柱の蔭から電車の乗降客を監視し出したのだが、さてやって見ると思った程楽な仕事ではない。後から後からと続いて来る満員電車の前後の出入口から一時に吐き出される人は可成数が多い。
こゝはもう終点に近いので、乗る客が割合に少いのは混雑をいくらか減少はしていたけれども、その一人々々を見逃さないようにするのは一通《ひとゝおり》の骨折ではなかった。
十時は刻々に近づいて来る。
支倉の姿は未だ見えない。石子は次第に不安になって来た。
十時に垂《なんな》んとしても支倉の姿が見えないので、石子刑事はいら/\して来た。
彼は又もや形勢を察して巧に逃げたのだろうか。それとも外の方法で境内へ潜り込んだか。境内に這入れば同僚の刑事達が犇々《ひし/\》と網を張っているのだから、捕まるに違いないのだが、今だに境内から何の知らせも来ないのは、写真位で覚えている風体だから、
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