はうなずきながら、
「犯人はきっと犯行の現場を見に来ると云った我々の標語《モットー》から云うと、支倉が池田ヶ原の古井戸まで死体を見に行ったと云う事は看過すべからざる事実だね」
「支倉が浅田の妻君に向って、『どこの女だか知らないが、可哀想なものだね』と云った事などは犯罪心理学の方から云って面白い事だね」
 浅田の取調べの席を外して特に列席していた根岸刑事は口を挟んだ。
「僕もそう思うのだがね」
 石子刑事は気乗のしないように答えた。
「どうも年の点でね」
「死後六ヵ月を経過した溺死体の年なんてものは的確に分るものじゃないさ」
 今まで黙々として聞いていた庄司署長は初めて口を出した。
「で、何かい、その死体は他殺ちゅう事になっとるのか、それとも自殺となっとるのかね」

「自殺と云う事になっているのです」
 石子は署長の質問に答えた。
「然し、司法検視をやっていないのですからね。警察医が形式的に見たのに過ぎないのです」
「当時の井戸の状態はどうなっとったのかね、過失で落ちるかも知れんと云う状態になっとったかね」
「それがですね」
 石子は署長のグン/\追究するような質問に少したじろぎながら、
「何分三年も前の事で、その後井戸は埋めて終いましたし、どうもよく分らないのです。然し調べた所に依りますと、確に井戸側はあったようで、過失で陥込むような事はなかろうと思われます」
「ふん」
 署長は忙《せわ》しく瞬きながら、
「それで何だろう、その娘が覚悟の自殺をしたかも知れんと云う事実はないのだろう。遺書なんか少しもなかったと云うじゃないか」
「遣書なんか一通もないのです。それに年が僅に十五か十六ですから、聞けば少しぼんやりした方で、クヨ/\物を考える質《たち》ではなかったそうですから、自殺と云う事は信ぜられませんね」
「じゃ、君、過失でもなし、自殺でもないとすると、他殺に極っとるじゃないか」
「えゝ、その屍体が貞と云う娘に違いないとしてゞですね」
「年齢の差などは当にならんさ」
 署長は押えつけるように云った。
「僕の考えでは一度その屍体を調べて見る必要があるね」
「然し、署長殿」
 司法主任は呼びかけた。
「その屍体は自殺と云う事になっているのですが」
「そいつも確定的のものでありませんね」
 根岸が口を出した。
「死後六ヵ月の溺死体とすると容易に自殺他殺の区別を断言する事は出来
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