ふうん」
 支倉は暫く睨むように刑事を見ていたが、
「お気の毒じゃがお断りしましょう。いやしくも聖職に奉じているものが、用事の内容が分らないで、軽々しく警察に行く事は出来ません」
 押問答の中に時間はどん/\経つ。約束の時間になれば渡辺刑事がやって来る。下手な事をやられて、変に勘違いをされたり、依怙地《いこじ》になられては困って終《しま》う。石子刑事は、気が気ではなかった。重ねて口を開こうとするとたんに玄関で案内を乞う声が聞えた。
「ご免下さい」
 確に渡辺刑事の声である。
 石子はしまったと思った。

 石子刑事は渡辺刑事の声が玄関でしたので、しまったと思っていると、やがて女中が出て来て支倉に低声《こゞえ》で何か囁いた。
「君の友人とか云う人が訪ねて来たそうじゃが」
 支倉は苦り切って云った。
「あゝ、渡辺って云うのでしょう」
 石子は白ばくれて云った。
「一緒に近所まで来て別れたのですが、何か用事が出来たのかしら」
「別に用はありませんがと仰有《おっしゃ》ってゞした」
 女中は云った。
「そうですか、それじゃ未だ少し手間取れるから、先へ行って呉れと云って呉れませんか」
「はい、承知いたしました」
 女中が退って行くと、石子は支倉の方に向き直って、
「どうも失礼いたしました。こちらに伺っている事を知っていたものですから、鳥渡寄って見たものと見えます」
 彼は鳥渡言葉を切って、
「で、いかゞでしょう。お出《い》で願われませんでしょうか」
 支倉はじっと眼を瞑《つぶ》って考えていたが、警察の手配りが届いているのを観念したらしく、
「宜しい。何の用かは知らぬが、兎に角一緒に行きましょう」
「どうも有難うございます」
 第二の難関を突破した石子刑事は再びホッとして礼を云ったが、未だ油断はなかった。
「直ぐ願えましょうか」
「えゝ、直ぐ行きましょう」
 支倉は割に気軽く答えた。
「鳥渡着物を着替えますから待っていて下さい」
 支倉が居間の方へ引下ると、石子刑事は直ぐに起《たち》上って、廊下に出て柱の蔭に隠れるようにしながら、じっと居間の様子を覗った。支倉の着物を着替えている姿が、チラ/\と見え隠れする。彼の筋張った手や、着物の端や、忙しそうに畳の上を這廻る帯の運動で手にとるように分った。
 余りじっと見詰めていた事が彼の人格を無視し過ぎるとも思われるし、さっきからの気の疲れ
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