て呉れている同僚に合す顔がないのだった。
 同僚には手短かに話をして、歯噛みをしながら署へ帰った。
 今度こそはと期待していた根岸刑事は石子の話を聞くと落胆《がっかり》して終《しま》った。
「どうも旨く立廻る奴だなあ」
「全く以て我ながら嫌になるよ」
 石子は面目なげに答えた。
「支倉だけでも好い加減持て余しているのに、浅田なんて一筋縄で行かぬ奴がついているのだからね、骨が折れる訳さ。だけど、それだけ材料があると、愈※[#二の字点、1−2−22]浅田の奴を引っぱたいて本音を吐かせる事が出来るよ。前に一度飴を甞《な》めさして帰してあるのだ。今度こそは少し辛い所を見せてやるぞ」
 根岸は珍しく興奮した。
「然し奴素直に出て来るかしら。何か旨い口実があるかね」
「そうだね、岸本とか云う君の諜者はどう云う契約だったんだ」
「あれは諜者と云う訳じゃないのだ。僕に鳥渡恩を着ている事もあるし、行方不明になっている例の女中も鳥渡知っていると云うような訳で、進んで浅田へ住込んだのだがね、危いと思っていた割合にはよくやったが、結局駄目だったよ。契約なんてむずかしい事はありゃしないさ。只書生に這入ったんだよ」
「うん、じゃ岸本を利用して契約不履行とかなんとか云う訳にもいかんね」
「犯人隠匿と云う訳にも行かんし、営業違反と云う事もなし、全く困るね」
「世間ではよくこうした場合に、徒《いたずら》に口実を拵《こしら》えて良民を拘引すると云うがね」
 根岸刑事はふだんの冷然たる態度に帰って云った。
「今の場合のように非常に濃厚な嫌疑のある男の逃走を援助している男をだね、取押えて調べる道がないとすると、殆ど犯罪の検挙は出来ないじゃないか。時に誤って良民を苦しめる事があるとしても、その人はだね、丁度そんな嫌疑のかゝる状態にいたのが云わば不運で、往来で穴の中へ陥ちたり、乗ってる電車が衝突したりするのと同じ災難じゃないか。こっちは決して悪気でやっているのじゃないからね」
「そんな議論は然し世間には通用しないさ」
 石子は苦笑いをした。

「つまりこうなんだ」
 石子刑事は続けた。
「災難と云っても、穴に陥ちたり、電車で怪我したりしたのは夫々賠償の道があるだろう。我々の方へ引懸かったのはどうせ犯罪の嫌疑者だから、扱い方もそう生優くしていられないさ。さんざんまあ侮辱的な扱いを受けて揚句損の仕放しじゃ、辛い訳
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