った。
「何をしているって、こちらに御厄介になっているんでしょう」
「それがね、誠に奇妙な人物なんですよ」
 主人は顔をしかめながら、
「私の所に居る事になっているらしいのですが、滅多に姿を見せないのです」
「はてね、私はずっとこちらにいると思っていたんですが」
 石子は主人の顔色を覗った。
「どうもそう見せかけているらしいのです」
 主人は苦笑いしながら、
「時々郵便が来るのです。そして松下は三日目に一度位それを取りに来るのですよ」
「こちらとはどう云う関係なんですか」
「書生と云う事になっているんですがね」
 主人の答えは益※[#二の字点、1−2−22]意外である。
「つい二週間位前ですかしら、別に誰の紹介もなくブラリとやって来ましてね、写真が研究したいから門下生にして呉れと云うのです。私の所では住込で研究さしていろ/\雑用もさせる代りに少しばかり給料をやるのと、いくらか教授料を取って、通いで研究させるのと二種類あるのです」

 竹内写真館主の話によると、その松下と名乗る男は早速|束脩《そくしゅう》を納めて門下に加わったのだった。所が一向写真を研究しようともせず、前に云った通り三日目か四日目に彼宛に来る郵便物を取りに来るのだった。
「恰《まる》で私の宅を郵便の中継所のようにしているので、私も少し腹が立ちましたから断ろうかと思っているのですが、何分三週間の謝礼を前に取っているものですから、期限が来るまで鳥渡《ちょっと》云い出し悪《に》くかったのです」
「松下と云うのは三十六、七の色の真黒な頑丈な男で、眼が大きくて眉の気味の悪い程濃い、ひどく東北訛のある大きな声を出す男でしょう」
「その通りです」
 主人の云う所は嘘とは思えぬ。石子は登りつめた絶頂から九仭《きゅうじん》の谷へ落されたように情なくなった。
「今手紙は来ていませんか」
「一昨日《おとゝい》でしたか、すっかり持って行った所です」
 あゝ、又しても僅な違いで出し抜かれて終《しま》った。
「実は私はこう云う者です」
 石子は名刺を差出しながら、
「松下と云う男は本名を支倉と云って、ある犯罪の嫌疑者なのです。今度もしやって来ましたら引留めて警察へ渡して下さい」
 写真館主は名刺を受取って、吃驚したように眼を瞶《みは》りながら答えた。
「承知いたしました」
 石子刑事は悄然として外へ出た。
 度々の事とて見張をし
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