人は殆どないのだった。
一週間経ち二週間経つ時分には、もう多くの人は毛沼博士の事などは忘れて終った。学校も学生も、友人も世間の誰もが、もう毛沼博士の存在を忘れて終っていた。もし誰かが毛沼博士の事を訊いたら、「え、毛沼博士、そうそう、そんな人がいましたね」と返辞をしたに違いない。もし、毛沼博士の死を未だ覚えているものがあるとしたら、恐らくそれは私一人だったろう。
私がひそかに抱いていた三つの疑問は、日が経っても中々消えなかった。殊《こと》に、例の脅迫状の文句は、日が経つにつれて、反って益々私の脳裏にその鮮明の度を増して行くのだった。二十二年前を想起せよ。それから私の生年月日! それが私に全然無関係のものとはどうしても考えられないのだ。
然し、もし私が次の出来事に遭遇しなかったなら、私も結局はやはり世間一般の人と同様、毛沼博士の事は忘れるともなく忘れて終ったろう。然し、運命はそれを許さなかった。私は一層苦しまなければならないようになったのだ。
毛沼博士の死後半月ばかりだったと思う。私はいつもの通り笠神博士の宅を訪ねた。
前にも述べた通り、私達二人の親密の度は一回毎に加速度を以て増
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