だから、危険な兆候があったかなかった位は分る。毛沼博士は酒にこそ酔っていたが、どこにも危険な兆候はなかった。博士は年はもう五十二だが、我々を凌ぐほどの元気で、身体にどこ一つ故障のない素晴らしい健康体なのだ。
 私が飛上ったのを見て、刑事はニヤリと笑いながら、
「あなたは昨夜自宅まで送ったそうですね」
「ええ」
「参考の為にお聞きしたい事があるので、鳥渡《ちょっと》署まで御苦労願いたいのですが」
「まさか、殺されたのじゃないでしょうね」
 病死ということはどうしても考えられないので、ふと頭の中に浮んだ事だったが、頭が未だ命令も何もしないのに、口だけで勝手に動いたように、私はこんな事をいって終った。
 刑事はそのモダンボーイのような服装とはうって変った、鋭い眼でジロリと私を見て、
「署でゆっくりお話しますから、兎に角お出下さい」
 そこで私はそこそこに仕度をして、半ば夢心地で、S署に連れて行かれたのだった。
 私は暫《しばら》く待たされた後、調室に呼ばれた。頭髪を短く刈った、肩の角張ったいかにも警察官らしい人が、粗末な机の向うに座っていた。別に誰とも名乗らなかったが、話のうちに、それが署長
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