笠神博士は学問以外に何にもない、博士の恋人は学問だといわれているそうですね」
「ええ」
「それで夫人にはいろいろの噂があるそうじゃありませんか」
「そんな事はありません」
 私は少しむっ[#「むっ」に傍点]としながら答えた。博士夫人は博士からそうした冷い取扱いを受けながら、実に貞淑に仕えた、何一つ非難される所のない人なのだ。
 署長は探るような眼つきで私を見ながら、
「そうかな。夫が仕事に没頭して家庭を顧みない。勢い妻は勝手な事をする、なんて事は世間に在勝《ありがち》の事だからな」
「他の家庭は知りませんが、笠神博士の夫人は絶対にそんな事はありません」
「然し、君のような若い色男が出入するんだからね」
 何たる侮辱だ! 私は唇をブルブル顫《ふる》わせた。
「な、なんといわれるのです。ぼ、僕は笠神博士を敬慕のあまり、お宅に度々《たびたび》お伺いするのです。い、一体あなたは何を調べようと仰有《おっしゃ》るのですか」
 私の剣幕が激しかった為か、署長はニヤニヤしていた笑顔を急に引込めて、
「そうむき[#「むき」に傍点]になっちゃいかん。僕はそういう事実があるかないかという事について、調べてい
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