ストルを取り上げようとした手を押えて、かつての日の彼の奸計を責め、近く復讐を遂げるぞと宣言し、彼がキョロキョロしている暇に忽ち部屋の外に出ました。彼は予期した通り声を上げて家人を呼ぶような事はなく、すぐに起上って、内部から鍵をかけました。之で私の思う壺です。彼が再び寝台に横たわるのを待ち、ある方法で毒ガスを送り、ストーブから燃料ガスを放出させました。委《くわ》しい殺害方法は書きたくありません。よろしく御推察下さい。私のトリックは成功しました。あなた以外誰一人とて死因を疑ったものはありません。過失によるガス中毒死という事になったのです。
私は最初、毛沼博士が暗黙のうちに卑劣な方法で私達を苦しめたのですから、暗黙のうちに復讐を加えて、知らぬ顔をしていようと思っていました。然し、やはり良心が許しませんでした。それに、あなたが気づいたらしい事が、大へん恐ろしかったのです。私はやはり自決することにしました。薄命な妻は私の話を聞いて、一緒に死にたいといいました。私は遂にそれを許しました。
私達夫妻の願いとして、生前一言あなたが私達の真の子供であると名乗りたかったのです。そして何回かそれをいいかけましたが、やはりいえませんでした。何故なら、私は縁あって私の子になったものに、あまりに冷かったのです。而《しか》もそれを亡くなして終いました。今あなたを私の子だなどといっては、あなたの御両親に相すみません。あなたの御両親はあなたを真の子供だと思って、慈しみお育てになったのです。私の見た所では、あなたは御両親にも、又弟妹の方達にもあまり似てはおられません。それにも関らず何の疑いもなく、愛育されたのです。私が疑い通し、悩み通したのと、どれほどの相違でしょうか。死んだ子供に対しつれなかっただけ、私はあなたの御両親に合わせる顔がありません。又、あなたを私達の子だといい張る勇気もないのです。
ではさようなら、最初にお願いして置いた事を呉々も忘れないように。立派なそうして正しい人間になって、幸福に暮して下さい。
[#地付き](一九三四年六、七月号)
底本:「「ぷろふいる」傑作選 幻の探偵雑誌1」ミステリー文学資料館・編、光文社文庫、光文社
2000(平成12)年3月20日初版1刷発行
初出:「ぷろふいる」
1934(昭和9)年6、7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
2005年12月11日修正
青空文庫作成ファイル:
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