日|手洗場《ウォッシュ・スタンド》の水が凍りついていたが、その朝は東京地方は稀な極寒だったので、その為に凍ったのだと、婆やが説明し、誰もその説明で満足したが、考えて見ると、その時は既に十時だったし、気温は可成上昇していたから、あの時まで凍結していたのは可笑しいのだ。手洗場は寝台の頭上の延長上にあり、通風孔は寝台の頭上と手洗場の中間に開いていたから、非常に低温な液化ガスが、気化するに際して、周囲から急激な熱を奪った為に、水が凍結したのだろうと考えられる。この場合は凍結の度が広範囲に及ぶから、潜熱の発散の為に、容易に元の状態に返らないだろう事は、十分考えられると思う。
 以上の説明で不完全ながらも、犯行の方法は分ったと思う。
 然し、犯人は何者か、犯罪の動機は、脅迫状の意味は、それから、犯人が寝室に這入って来てから、被害者が自ら立って、扉に鍵を下すまでの行動は? そんな事は少しも分っていないのだ。解決したというのは、ホンの部分的なもので、疑問はそれからそれへと、いくらでもあるのだ。
 私はやっぱり未だ苦しまなくてはならないのだ!

     笠神博士の遺書

 私は前に述べた発見をしてから、尚一週間ばかり苦しみ続けた。そうして、突如として笠神夫妻の自殺という、譬《たと》えようのない恐ろしい事実にぶつかって終ったのだ!
 私はこの報せを聞いた時には全く一時失神状態になって終った。
 笠神博士の遺書は公開のもの一通と、別に私に当てたものが一通あった。公開のものには、故あって夫妻で自殺するということと、遺産はすべて私に譲り、その代りに葬式其他死後の事は、一切私に依頼するということが書いてあった。
 私に宛てたものは、一年間は絶対に公表してはならぬものであり、この話の冒頭に述べた通り、私は之を読んだ時に、直ぐさま博士夫妻の後を追うて、自殺しようと思ったのだった。然し、辛うじてそれを思い止り、博士夫妻の亡き跡を回向《えこう》しながら、苦しい一年間を送った。今や私はそれを発表しようとしている。この遺書が発表されたら、どんな影響を社会に与えるだろうか。私は再び新聞記者の群に取巻かれる事だろう。又私の両親はどう考えるだろう。それが私は恐ろしい。私は次に博士の遺書を掲げて、この物語を終ると共に、そっと誰にも知らさないで、どこかへ旅立つつもりだ。然し、私は博士の教えを堅く守って、決して、自
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