私は当夜の博士の行動を思い浮べて見た。笠神博士は毛沼博士より一足先に帰られた。そのまま真すぐに家に帰られたかどうか、それが問題だ。
仮りに笠神博士に何か目的があるとして、一足先に会場を出て、毛沼博士の家に先廻りしているとする。毛沼博士はグデングデンに酔って、玄関にへたばり、婆やと女中と私の三人で、大騒ぎをして、寝室に担ぎ込んだので、その間玄関は明け放しになっていたし、そっと忍び込んで、どこかの部屋に隠れていることは、大した困難もなく出来ることである。
私が帰って婆やと女中が、毛沼博士の脱いだものを始末しながら、ベチャベチャ喋っている隙に、笠神博士はそっと寝室に滑り込むことが出来る。そして、雑誌から写真版を引ちぎって、部屋を出て抜き足さし足で、外に出る。婆やと女中は少しも気がつかない。毛沼博士はその後でふと眼を覚まし、扉の鍵をかけて、又元通り寝る。以上の事には十分可能性がある。
然し、私はもう一度ここで同じ事をいわねばならぬ。仮りに笠神博士が毛沼博士の寝室に忍び込んだりしても、それはあの一枚の写真版の為でないことは分り切っている。あの写真版が毛沼博士の所にあることは、笠神博士は知らなかったと思われるし、もし知っていても、あの写真版はそんな冒険に値するものではない。
では笠神博士の目的は?
私はここで思わずぞっとした。笠神博士が毛沼博士を殺さなくてはならない原因については、何一つ心当りはないが、もし笠神博士が毛沼博士の寝室に忍び込んだとしたら、その深夜の冒険は、毛沼博士を殺す為ではあるまいか。
そっと寝室に忍び込んで、ガス管を抜き放して、逃げ出て来る――可能だ。
然し、そうなると、内側から掛けられた鍵は、どう説明されるべきであろう。毛沼博士が眼を覚まして鍵をかけたとすると、その時にシュッシュッという音を発して、異様な臭気を発散しているガスの漏洩《ろうえい》に気がつかないであろうか。鍵を下すだけの頭の働きを持っている人がガスの激しい漏洩に気がつかない筈はないと思われる。然し、そうなると、鍵をかけようとした時に、ガス管を蹴飛ばして、ガスの洩れるのも知らないで寝て終うという事も、同じように考え悪《にく》い事になる。一体、酒に泥酔している絶頂では、知覚神経の麻痺によって、少し位の刺戟には無感覚のことはあり得る。あの場合、毛沼博士が寝室に独りで飛び込み、ストーブを
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