という。一酸化炭素が吸収せられると、血液中のヘモグロビンと結合し、ヘモグロビンの機能(酸素の運搬)を失わしめる。
私は鉛筆と紙を出して、ザッと計算して見た。毛沼博士の寝室は大体十二畳位だったから、十二尺に十八尺とし、天井の高さを十尺とすると、部屋の容積は約二千二百立方尺になる。瓦斯ストーブの噴出量はハッキリ分らないが、あれ位のものでは、私が経験した所によると、最大一分五|立《リットル》を出ないと思う。すると一時間に三〇〇立になり、約十立方尺である。仮りに毛沼博士の死が夜中の一時に起ったとしても、噴出時間は最大二時間半で、二十五立方尺である。ガスの一酸化炭素含有量を八%とすると、二千二百立方尺の空気に対し○・一%以下となる。これが二時間半後に達する最大濃度であるから、ここでは未だ死が起き得ないと断言出来ると思う。尤《もっと》も博士の絶命時間については未だ正確に分らないから、解剖の結果を待たないと、結論は早計であるかも知れないが、之を見ると、博士の死は変な事になるのだ。
といって、私には博士が他のどんな原因で死んだかという事については、少しも見当がつかない。外傷もなにもなく、明かに一酸化炭素の中毒で死んでいたものなら、ガス中毒と見るより以外にないのだ。
私の頭は又割れるように痛くなって来た。私は鉛筆と紙を抛《ほう》り出して、畳の上にゴロリと横になった。
ちぎった写真版
翌日学校へ出るのが、何となく後めたいような気持だった。むろん、何にも疾《やま》しい事はないのだが、顔を見られるのが不愉快なような気がした。みんなは毛沼博士の死のことを盛に噂し合った。新聞記者ほどではないが、私に無遠慮な質問をするものが少くなかった。この日、笠神博士の講義があったが、先生は最初に毛沼博士の不慮の死を哀悼するといって、すぐいつもの通り講義を始めようとされた。すると、級の一人が、
「先生、毛沼先生の死因はガス中毒ですか」
と訊いた。
笠神博士はジロリとその学生を眺めて、
「多分そうだと思います。実は死因を確める為に、私が解剖を命ぜられたのですけれども、思う所があって辞退して、宮内君にやって貰う事にしました。先刻|鳥渡《ちょっと》訊きましたら、やはり一酸化炭素の中毒に相違ないということでした」
いつの場合でもそうだが、今日の先生はいつもより一層謹厳な態度だったので、弥
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