ない。今まで経験したり、書物で読んだりした事のうちで、気味の悪い恐ろしい事ばかりが、次々に頭の中に浮んで来る。ウトウトとしては、直ぐにハッと目を覚ます。そんな状態で夕方を迎えた。
夕方に私は起上った。そうして外に出ると、重なる新聞の夕刊をすっかり買い込んで帰って来た。誰でも経験することだろうが、自分が少しでも関係した事の新聞記事というものは、実に読みたいものだ。況《いわん》や、よく分らないながらも、重大な関係のあるらしい事件なのだから、私は貪るようにして、読み耽《ふけ》ったのだった。
自分が実際に関係して、警察署に呼ばれ、訊問をされ、現場まで見ていながら、事件の委しい内容については、全然触れる事が出来ないで、反《かえ》って新聞記事から教えられるという事は、いかにも皮肉な事であるけれども、その通りなのだから、どうも仕方がない。
新聞の記事はいずれも大同小異だった。その中から拾い集めた事実を総合すると、毛沼博士の変死事件は次のようだった。
毛沼博士は今朝八時、寝室の寝台の上に、冷くなって死んでいるのが発見された。部屋の中にはガスが充満して、ストーブに連結された螺線管は、ガス管から抜離され、ガス管からは現に猛烈な勢いでガスが噴出していた。屍体は死後七八時間を経過し、外傷等は全然なく、全くガス中毒によるものと判明した。
博士は前夜、M高校出身の医科学生の会合に出席して、非常に酩酊して、学生の一人に送られて、十時半頃家に帰って寝についたのだが、一旦寝台に横《よこたわ》ってから、一度起上って扉に内側から鍵をかけた形跡が歴然としていたので、その際誤ってガス管を足に引かけ、抜け去ったのを知らないで、寝た為にこの惨事を起したものと見られている。
然し、一方では、博士が最近に脅迫状らしきものを受取り、不安を感じていたらしく、護身用の自動拳銃《オートマチック》を携帯していた事実があり、且つ、泥酔していながらも、扉に鍵をかける事を忘れなかった点、及び扉に鍵をかける気力のあるものが、ストーブを蹴飛して、ガスの放出するのに気づかないのは可笑しいという説も生じ、当局では一層精査を遂げる由である。
屍体は現場に於ける警察医の検視で、ガス中毒なることは明かであるが、前述の理由によって、大学に送って解剖に付することになった。法医学の権威笠神博士が執刀される筈だったが、都合で宮内《みやうち
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