とこちらを見詰めている。どうも只ならぬ気色《けしき》なので、私は寒いのも忘れて、むっくり起き上った。
「何か用ですか」
すると、おかみは返辞の代りに、手に持っていた名刺を差出した。何より前に私の眼を打ったのは、S警察署刑事という肩書だった。
「ど、どうしたんですか」
私はドキンとして、我ながら恥かしいほどドギマギした。別に警察に呼ばれるような悪い事をした覚えはないのだけれども、腹が出来ていないというのだろうか、私はだらしなくうろたえたものだった。
おかみは探るような眼付で、もう一度私を見ながら、
「何の用だか分りませんけれども、会いたいんだそうです」
私は大急ぎで着物を着替えて、乱れた頭髪を掻き上げながら階下に降りた。
階下にはキチンとした服装をしたモダンボーイのような若い男が立っていた。それがS署の刑事だった。
「鵜澤さんですか。実はね、毛沼博士が死なれましてね――」
「え、え」
私は飛上った。恰《まる》で夢のような話だ。私は昨夜遅く、毛沼博士を自宅に送って、ちゃんと寝室に寝る所まで見届けて帰って来たのである。私だって、兎《と》に角《かく》もう二月すれば医科の三年になるんだから、危険な兆候があったかなかった位は分る。毛沼博士は酒にこそ酔っていたが、どこにも危険な兆候はなかった。博士は年はもう五十二だが、我々を凌ぐほどの元気で、身体にどこ一つ故障のない素晴らしい健康体なのだ。
私が飛上ったのを見て、刑事はニヤリと笑いながら、
「あなたは昨夜自宅まで送ったそうですね」
「ええ」
「参考の為にお聞きしたい事があるので、鳥渡《ちょっと》署まで御苦労願いたいのですが」
「まさか、殺されたのじゃないでしょうね」
病死ということはどうしても考えられないので、ふと頭の中に浮んだ事だったが、頭が未だ命令も何もしないのに、口だけで勝手に動いたように、私はこんな事をいって終った。
刑事はそのモダンボーイのような服装とはうって変った、鋭い眼でジロリと私を見て、
「署でゆっくりお話しますから、兎に角お出下さい」
そこで私はそこそこに仕度をして、半ば夢心地で、S署に連れて行かれたのだった。
私は暫《しばら》く待たされた後、調室に呼ばれた。頭髪を短く刈った、肩の角張ったいかにも警察官らしい人が、粗末な机の向うに座っていた。別に誰とも名乗らなかったが、話のうちに、それが署長
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