は、もう追及しようとせず、質問の鉾先《ほこさき》を一転したのだった。
「君は笠神博士の所へ、よく出入するそうですね」
「は」
いよいよ来たなと思った。私がひそかに恐れていたのはそれだった。全く私は笠神博士の所へは繁々《しげしげ》出入した。今では私は博士を啻《ただ》に恩師としてでなく、慈父のように慕っているのだ。静かに考えて見ると、私は別にその為に恐れる所はないのだ。よし笠神博士と毛沼博士とが、恋の三角関係があったにせよ、それはもう二十数年も以前の事なのだ。その当時こそ互にどんな感情を持ったか分らないが、爾来二人は同じ学校に講堂を持って、何事もなく年月を送り、今はもう互に五十の年を越えている。今更二人の間にどうという事があろう筈がない、従って毛沼博士が自宅の一室で変死を遂げたにせよ、それが笠神博士に関係がありそうな事はないのだ。
然し、今こうやって、署長から事新しく毛沼博士が独身生活をしている理由や、私が笠神博士と親しくしている事などを訊かれるとそれは私の杞憂《きゆう》に過ぎないだろうけれども、何となく気味が悪いのだ。何といっても、私が毛沼博士を自宅の寝室まで送り届けたのだし、恐らく私が生きている毛沼博士を見た最後の人間だろうから、それを笠神博士と親しくしている事に結びつけて、変な眼で見られると、油断のならない結果を招くかも知れない。全く世の中に誤解ほど恐ろしく、且《か》つ弁解し悪《にく》いものはないのだ。
私は蛇足だと思いながらも、言いわけがましく、つけ加える事を止められなかった。
「僕は将来法医の方をやる積りなので、笠神博士に一番接近している訳なんです」
「ふん」
署長は私が恐れているほど、私と笠神博士との関係を重要視していないらしく、軽くうなずいて、
「笠神博士という人は、大へん変った人だそうですね」
「ええ、少し」
「夫人は大へん美しい方だそうですね」
「ええ、でも、もう四十を越えておられますから」
「然し、実際の年より余ほど若く見えるようじゃありませんか」
「ええ、人によっては三十そこそこに見られるそうです」
「笠神博士は家庭を少しも顧みられないそうですね」
「ええ」
私は肯定せざるを得なかった。全く博士は学問の研究にばかり没頭して、美しい夫人などは全く眼中にないようなのだ。昔は知らず今は之《これ》が激しい恋愛をした間なのかと疑われる位である。
「
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