薬に違いなかった?」
「えゝ、太田さまから頂く薬でございました」
「薬は誰が貰いに行くの」
「私が隔日に頂きに参ります。恰度その日の朝頂いて来たばかりでございました」
「他に薬はなかった?」
「えゝ、他に召し上るような薬はございませんでした」
「むろん、他に何か呑んだような形跡はなかったんだね」
「はい、別に見当りませんでした」
「有難う」
 野村は部屋を出た。

 重武は二川邸に暫く立寄らなかったという。彼が催眠剤を恐しい毒薬にスリ替えたとは思われない。重武からどんな薬を貰ったとしても、重明がそれを呑む気遣いはないのだ。子爵家の雇人は千鶴を始め、すべて信頼の置けるものばかりだ。殊に千鶴は情のある淑やかな娘で、身許も確かだし、女学校も出ているし、重明が安心して、身の廻り万端の世話をさしているので、重武に買収されて、医師の薬を毒薬にスリ替えるような大それた事は、絶対にするとは思えない。
 初めの野村の考えでは、当日重武が何食わぬ顔をして、ブラリと遊びに来て、巧みにスリ替えて行ったのではないかと思ったが、重武は当日は愚か、暫く二川家に立寄っていないのだ。当日は別に客はなかったというし、家の
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