ではなく、その立場に大へん同情していたのだ。何故なら、彼は妾腹に生れたばかりに、不愉快な生活を余儀なくされて――殊に十一二の年から十八までの二川家の生活は、どんなにか味気ないものだったろうと思う。父に別れてからは周囲は他人ばかりで、唯一の肉親である兄が却って白眼《はくがん》で見るのだ。只一人の同情者も持たない彼が、童心を苛《さい》なまれ、蝕ばまれて行った事がはっきり分るのだ。
 だが、僕は叔父その人には同情が持てなかった。何故なら彼は余りに俗的で、厚顔で金銭慾の強い、凡《およ》そ僕とは対蹠的な人間だったからだった。もし、彼がもっと典雅で、慎しみ深くて、無慾|恬淡《てんたん》だったら、僕は夙《と》うに彼に二川家を譲っていたかも知れぬ。何故なら彼こそ、二川家の正当の相続人なのだ。疑惑に止っていた間でも、僕はそう思っていたのだから、今や僕が二川家に対して、その権利を抛棄すべきであることが、はっきりした場合、一層そうしなければならない筈なのだ。
 けれども、僕はどうしても叔父が好きになれないのだ。そして、なんと、彼は汚らわしい詐欺漢《イムポースター》だというのではないか。むろん、それは確実ではない――けれども、僕はそれが確実のように思えてならないのだ。わが二川家の血統のうちに、あんな俗物が、あんな厚顔強慾の人間が出そうな筈はないと思うのだ。
 と同時に、僕は三十年前の相好と少しも変らないで、大雪渓の下に彫像のように眠っているであろう所の叔父重武が、無限に可憐《いと》しく、いじらしくなって来た!
 もし、今の叔父が偽者《イムポースター》であるならば、真の叔父は何という数奇な可憐な運命を背負った事であろう。刑事某の談話の如く、叔父は純情の持主だったのだ! 恋を語り、山を愛したこと、みな彼の純情のさせた事ではないか。彼はわが二川家の相続人として、十分の資格を備えていたのだ。それが童心を傷けられ、家を出て放浪の旅に登り、漸《ようや》く傷けられた胸を少女の捧ぐる愛と、高山の霊気に癒した時に、彼は恐るべき兇漢の為に、死の深淵に突き落されたのだ!
 が、然し、野村君、果して今の叔父は偽者《イムポースター》だろうか。僕は母以下が僕の素性の暴露するのを恐れて、叔父に関する事件をうやむやに葬り去った事を、心から憎む、鶯《うぐいす》は時鳥《ほととぎす》の卵を育てゝ孵《か》えすというが、その事は彼
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