れば、この事にして成功せんか、一躍子爵の栄誉と巨万の富を得る事も不可能ではないのだから、強腰《つよごし》たらざるを得ないのだ。それに重行には圧迫された恨みも手伝っているし、生中《なまなか》な事でウンといわないのも無理もないのだ。
 僕の最も恐れたのは、事が長びくと外部に洩れる可能性が大きくなることだった。幸いに重武は単独で秘密を察したので、彼以外には未だ知るものはないのだ。
 僕はもう万策尽きた。到底取下げさせるという事は出来ないから、重武も別に動かすべからざる証拠を持っている訳ではなし、この上は最早法廷で争って、勝つより仕方がないとまで腹を決めた、その時に、この問題では誰よりも必死になっていたお清さんが、「|以[#レ]毒《どくをもって》|制[#レ]毒《どくをせいす》」の方法を考えついたのだった。つまり、重武はあゝいう生活をしていたのだから、きっと何か悪いことをしているに違いない。それを探り出して、首の根っ子を押えて、交換条件にして、取下げさせようというのだ。
 この方法は紳士的でない。僕の主義として、賛成出来ないのだが、背に腹は変えられぬ。殊に相手が非紳士的なのだから、止むを得ない所もあるのだ。そこで、僕はとうとう同意して、至急に重武の旧悪を探偵させる事にした。
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 野村の父は遂いに窮余の策として、お清の提案たる「以[#レ]毒制[#レ]毒」の方法に同意したのだ。
 二川重武は多く関西方面にいたから、大阪の有名な私立探偵社の社長砂山二郎が、その為に選ばれることになった。
 所がこの謀計《はかりごと》は正に図に当ったらしいのだ。というのは、それから間もなく、重武はあっさりすぐこの訴訟抗告を取下げているのだ。検事の方でも、元々一家内の事だし、原告側にも確証はない、裁判にでもなると大へん面倒な事なので、原告が取下げたのを幸いに、不問にしたらしいのだ。
 書類の中に、砂山秘密探偵社の大きな封筒があって、「二川重武の調査報告」と書かれていたので、野村はやゝ胸をときめかしながら、それを開けたが、失望した事には中味は空だった。父の日記の方を見ると、
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重武に関する調査報告書は本日重武に交付せり。
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 と書いてあった。思うに重武は交換条件の一つとして、その調査書の原本も複製も残らず、彼の手に収める事にしたのだろ
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