わず熱い涙がハラハラと溢れるのだ。でも、私はもう筆をとる事さえ出来なくなった……。

        妻の手記

 夫が寝てから一週間になる。四十度の大熱が続いて、今が一番危険な時だとお医者さんが仰有った。肺炎には手当が肝心だと云うので、氷で冷したり、湿布をしたり、吸入をしたり、私は夜も寝ずに介抱した。でも未だ先が見えない。私はどうしたら好いだろう。
 夫も心配だけれども、赤ン坊にも伝染《うつ》りはしないかと随分心配だわ。だって赤ン坊は他所の子ですもの。夫が思いもかけぬ大病になって、その中で赤ン坊を馴れぬ手に育てる。それもあり余るお金でもあれば別だけれども、こんな貧しい中で、明日にもなくなるお金の事を思うと、ほんとうに情けなくなる。然し之もみんな神様がお試しなさる事だ。夫がこのまま治って呉れれば、赤ン坊が育ってさえ呉れれば、今までの苦労は何でもない事だわ。けれども、夫が寝込んだ為めに赤ちゃんのお母さんを探す事が出来なくて困って終う。ほんとうにお母さんはどうしていなさるんでしょう。
 夫が始めて赤ちゃんを連れて帰った時に、私は随分驚いたけれども、夫の話に真実偽りがあろうとは思いません。ほ
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