いじゃありませんか。あたしはハッと思って、急いで書斎へ行って、扉《ドア》をコツコツ叩《たた》いて見ても返事がないでしょう。胸をドキンドキンさせながら、恐々扉を開けてみたの。そうすると先生は背向《うしろむ》きに椅子にかけて正面の大きな書き物机にもたれて、ガックリとこう転《うた》た寝でも遊ばしているような恰好なんでしょう。先生、先生と呼んで見たけれどもちっとも返辞がありません。あたしもう耐《たま》らなく不安になって、書生部屋へ駈けつけて、二人を起こしたの。内野さんも下村さんもなかなか起きないんですものね。随分困ったわ。やっと眼を醒ました二人に先生が変だというと、二人はまるで弦《つる》から放れた矢のように部屋を飛び出したわ。あたしが後から追い駈けてゆくと、扉の所で二人が話しているの。
『君、ちょっと待ちたまえ』下村さんの声、『手袋をはめて入ろうじゃないか。誰かこの部屋を荒らしたようだから、指紋を消してしまうといけない』
 内野さんも異議がなかったと見えて、二人とも書生部屋に引き返して、手袋をはめて書斎へ入ったの。変に丁寧な事をすると思ったわ。あたしもあとからそっと部屋に入ると驚いたわ。本箱の
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