いるものでも、だしぬけに部屋のどの辺にあったかと聞かれると、ちょっとまごつくわね。あたし多分先生の書き物机の左方にある別の机の上に置いてあったと思ったわ。え? ええ、先生の死骸は何でも死後何時間とかいうので、兇行は前の晩の二時頃と定《き》まったんです。
 内野さんと下村さんは訊問が済んで、書生部屋へ帰ると、何かコソコソ話し出したの。紅茶という声が聞こえたので、あたしは思わず聞き耳を立てると、
『君、どうして検事に先生の前で紅茶を飲んだ事をいわなかったのだい』内野さんの声、
『君こそどうして隠したんだい』下村さんの声。
『僕は先生に迷惑がかかりはせぬかと思ったのでいわなかったよ』
『僕もまあ君と同じ理由《わけ》だが、も一つは君が迷惑しないかと思ってね』
『何、僕が』内野さんは驚いたようだったわ。『どういう訳だい』
『君はグッスリ寝ていて何も知らなかったというのはほんとかい』
『残念ながらほんとだよ、君が何をしても知らなかったさ』
『妙な物のいい方だね』下村さんは案外落ち着いているわ。『僕こそ君が何をしても知らなかったのだよ』
 二人で疑りっこしているのだわ。あたし二人ともよく寝ていた事は
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