分用心しているので、そう容易には入れないはずだし、それに先にそら銀行の通帳の[#「通帳の」は底本では「通帳」]一件があったりして、てっきり例の無電小僧の仕業となったのよ。新聞でもそう書き立てたの。そしたらそりゃ[#「そりゃ」は底本では「そりぁ」]無電小僧が怒ってね、新聞に投書したのよ。大胆な泥坊じゃないこと。俺は無電小僧なんて名乗った事はないが、人がそういうのは多分俺の事と思うが、そういってくれる通りどこから入ったか、どこから出たか分からぬように立ち働くのが俺の腕の勝《すぐ》れた所で、俺は人に姿を見られた事はない。況《いわん》や切れ物を振り回したり、傷を負わした事があるものか。少し不可解な事件が起こると、自分の無能を隠す為に、あれも無電小僧これも無電小僧と俺に責任を負わせるのはご免|蒙《こうむ》ると偉い剣幕なの。警察では躍起となって探したけれども、とうとう捕まんなかったわ。それからしばらくするとまた二晩程古田がいなくなったんですって。おかみさんも仕方がないから抛《ほう》って置くと、二晩目の夜中に、押入れの中でうんうん唸るような声が聞こえるのですって、気丈なおかみさんと見えて押入れを開けると、長持ちの中で人が唸っているようなので家政婦と二人で恐々開けると、現在のご亭主が後手に縛られて猿ぐつわをはめられていたんだって、可哀相に二昼夜程自分の家の長持ちに入っていたんだわ。半死半生になっていたのですって。可哀相に、何でも突然《いきなり》、後ろから来て縛られちゃったので、どんな奴にやられたのか少しも分からないというのです。今度こそ正真|贋《まが》いなしの無電小僧にやられたんだわ。これはほんとうでしょう。今度は無電小僧も新聞に投書しなかったから。それにしてもそれだけの事を家の人に気づかれないでよくやったものねぇ。
その古田がここへ来たというのでしょう。皆びっくりするのは当然《あたりまえ》だわ。
『ご覧なさい』内野さんはあっけに取られている皆の顔を見ながらいったの。『こうして開けてある本がみんな大形のドイツ語の本でしょう。抽斗《ひきだし》でもなんでも大きなものばかり抜いてあるでしょう。私はかねがね先生から聞いていましたが、先生のご研究を盗もうという奴があるのです。それで先生は書き上げると、秘密の場所に隠されるのです。先生のご研究は机の上を見ても分かる通り、みんなフルスカップに書いてあります。だから隠すにしても大形の本か大きい抽斗でなければならないのです。古田はドイツ語が読めます。だから彼はきっと先生のドイツ語で書かれた研究を盗み出そうという一味の一人に相違ないのです。彼は背が低い。そして何よりも動かすべからざる証拠はここに挟んである紙片です。彼は多くの本を調べて行くのにマゴつかないように、すんだ分には小さい紙片を挟んだのです。白紙のつもりであったのが、彼の翻訳の原稿の書き損ないでも入っていたと見えて、この反故《ほご》に彼の手蹟があります。私は実は古田にドイツ語を習った事があるので、彼の手蹟はよく知っています』
歯切れのいい口調で、まるで朗読しているような朗《ほが》らかな声で堂々というのでしょう。あたしすっかり聞き惚れちゃったわ。外の人もみんなそうだったの。ところがね。下村さんだけがね。この人はさっきから腕組みして考え込んでいたのですが、この時ちょっと内野さんの喋っている顔を見てニヤニヤと笑ったわ。でもすぐ元の顔になったから、気がついたのはきっとあたしだけだったでしょう。
検事さんも、古田の事は知っていたと見えて、内野さんの渡した紙片《かみきれ》を見ると、すぐ古田を捕まえに刑事をやったわ。清水の爺は相変わらず顔をゆがめて化石したように突っ立っていたわ。
『もう一本の文鎮を探す必要があるね』しばらくすると内野さんが下村さんにいったの。
『うん、確かに二本あるに相違ない。たとえわずかでも寸法が違うからね。しかしもう一本が鉄に鍍金《めっき》したものであるとしても、どうしてスリ替える事が出来るか。今落ちているのが鉄でなければ説明がつかない』下村さんは独り言のようにいったの。
『そうかッ』内野さんがそりゃ大きな声を出したわ。あたし飛び上がっちゃったわ。『君の考えは素敵だ。君、ニッケルでいいんだよ[#「ニッケルでいいんだよ」に傍点]。恐ろしい計画だったなあ。さあ天井裏だ』
こういうかと思うと、内野さんはたちまち窓にスルスルと昇って、庇《ひさし》に手をかけ洋館の屋根に上がって、あの汽車の日よけ窓のようなシャッターのはまっている小さい窓をはずし出したわ。下村さんもすぐ後から登ったわ。しばらくすると内野さんが天井裏へ入り込んだので、続いて下村さんも入ろうとすると、中から内野さんが何か渡したらしいの。しばらくすると二人で何だか重そうな電気の機械みたいなも
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