あたしのこちらへ上がっている事をどこで知ったのか、内野さんと下村さんとから、しかも妙じゃない事、同じ日に手紙が来たの。あたし、下村さんの方から読んだのです。
『親愛なる八重子さん。
ご無事にお暮らしで結構です。蔭ながら喜んでいます。私もお蔭で無事です。
あの日警察へ行く途中で、私が逃げたので驚いたでしょう。私もあの日はかなり骨を折りましたよ。何しろ相手が内野君という豪《ごう》の者ですからね。あなたにもいろいろ分からない事があるでしょう。だからあなただけにそっと知らせてあげますよ。
事の起こりはね。清水が先生のご研究を横取りした事なんです。先生のご研究というのは戦争に使う毒ガスなので非常に秘密にしておられたのです。それを清水が嗅ぎつけて何の研究だか[#「研究だか」は底本では「研究だが」]知らなかったんですが、とにかく金にさえなればというので、借金の返済を楯に、否応なしに取り上げたのです。もっともまだ完成していなかったのですが、大部分は清水の手に渡ったのです。ところがドイツ語で書いてあるので、清水は自分は少しも読めないから、誰かに翻訳を頼まねばならなかったのですが、迂闊《うかつ》には手が出せないので、古田を秘密に呼び寄せて、割のよい報酬で訳させたのです。ところが古田が無断で家を出たものだから、留守宅で騒ぎ出すし、いろいろ物騒な話のあった頃で、世間も喧しくなりそうだったので、途中で一度帰したのです。二度目に古田が清水の宅で翻訳をしている時に、無電小僧――本人はこの名を大変嫌がっているのですが――という例の盗人が清水をねらって、例の銀行の通帳でおびき出して、留守宅へ入ると、思いがけなく古田が翻訳をやっていたので、ちょいとその原稿を失敬したのです。無論一部分でした。清水も用心して古田に少しずつ渡していたのです。そこで無電先生宅へ帰って読んでみると、なかなか面白いもので、次第によったら金になりそうなのです。それで様子を窺っていると、三度目に清水に呼ばれた時、古田の奴、狂言強盗で入りもしない泥坊に、ホンのちょっと掠《かす》り傷を負わされて、ひどい目に遭わされたように見せかけ、残りの原稿をすっかり自分の懐へ入れちゃったのです。新聞で無電小僧の仕業と書き立てたでしょう。そこで無電小僧が怒って、古田の宅へ侵入して彼を縛りつけて探したけれども、ちょっと原稿の在処《ありか》が分からな
前へ
次へ
全20ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング