中の本は残らずといっていい位外へ出して、開け放しのままや、閉じたままに積み重ねてあるし、抽斗《ひきだし》は残らず引き抜いて、そりゃもう部屋中はめちゃくちゃに引っ掻き回してあるの。先生は相変わらずじっとしていらっしゃるでしょう。つかつかと先生のお傍へ寄って行ってね。肩へ手をかけて起こそうと思ってふと頸《くび》の所を見ると真っ黒なものがベットリついているの。よく見るとそれが血なんでしょう。あたし内野さんが抱き留めてくれなきゃ、きっとあそこへ引っくり返ったに違いないわ。
『これでやったんだな』下村さんがそういって先生の側《そば》へしゃがんだので、見ると血のついた文鎮が足許の所に落ちていたわ。この文鎮というのは先生がフルスカップって、そら大きな西洋の罫紙《けいし》ね、あれを広げたまま押さえる為に特別にお拵《こしら》えになったので、長さ一尺以上あるでしょう。ニッケルなんですって。あたし掃除をする時によく持ったけれども、そりゃ重いもんよ。いつだったか先生が冗談に『八重《やえ》、これで力一杯ぶたれると一思いだよ』と仰しゃった事があったけれども、ほんとにこれでぶたれてしまいなすったんだわ。
下村さんも内野さんも妙な人よ。あたしに何も触っちゃいけないといって、二人で一生懸命に、手袋をはめた手でそこいら中引っ掻き回して、といっても、そりゃ丁寧なのよ。ちゃんと元の通りにして置くんですものね。口なんか少しも利かないの。窓の様子を調べたり、床の上を這い回ったり、壁を叩いて見たり、あたしこう思ったわ。きっと二人共近頃|流行《はやり》の探偵小説にかぶれて、名探偵気取りで、犯人を探そうと思って競争しているんだと。二人はよく競争するんですものね。え、あたしが居るからだって。冗談でしょう。二人ともなかなかそんな人じゃなくてよ。それであたし二人が余り探し回るから、ちょっとからかおうかと思ったけれども、場合が場合でしょう。それに二人が余り真剣なんですものね。手持ち無沙汰でもあり、気味悪くもあり部屋を出ようとすると、内野さんが、『八重ちゃん。まだ外《ほか》の人には知らさない方がいいよ』といったので、あたしは自分の部屋へ帰ったけれどもどうしてよいのやら、いても立っても耐《たま》らなかったわ。
そのうちに下村さんが警察へ電話をかけたらしいの。八時頃だったでしょう。自動車でドヤドヤと大勢お役人さんが来たの、あ
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