小説界に於ける空谷の跫音として、何人も一読三嘆したものだが、O君の伝える所によると、作者は相当の年配いやむしろ老人だということだった。当時雨村君にも未だ作者の正体がよく分っていなかったらしい。
そのうちに私も驥尾《きび》に附して一二篇新青年誌上へ発表するに至ったが、その自分に前述のO君が或る日のこと私に向って、
「おい、君、江戸川乱歩というのは平井太郎だぜ。」
といった。
「えっ、平井君だって?」
私は意外に思った。平井君というのは即ちN・K・倶楽部の書記長だった青年紳士である。江戸川乱歩としての平井君には後に森下君と一緒のときに初対面をしたが、乱歩君も君が甲賀君だったかという訳で甚だ奇遇だった。今でも議論に熱して来れば、例の肩を聳やかすような口調で歯切れよく喋る。読売講堂の探偵趣味の会で巡査に扮して出た時などは、茶気といわんよりは頗る熱心で、殊に最後の挨拶などの堂々としていたことは居合わした人は皆認めると思う。一面にはキビキビした江戸前の所を見せながら、一面にいかにも不得要領な急所の分らない贅六《ぜいろく》式なところのある彼乱歩は正に一種の怪物である。
底本:「江戸川乱歩
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