た、紙や泡《アブク》のヒヨロヒヨロと顫《ふる》へてゐるドブは、それを見ながら歩くことが嫌ではなかつた。
 焼香の返礼を、私が如何に大真面目に勤めたかは、今考へると滑稽でもある。
 母は、医者の所へは、一番最後にゆつくりと出掛けて行つて、その時はお礼の品も持つて行くのだと吩付《いひつ》けた。『ええ』、とは云つたものの医者の顔をジツクリと思ひ浮べてみるのであつた。

 その日が来た。行つたのは午後の四時頃であつた。その日もやつぱり曇つてゐて、十月末の日はもう、医者の玄関に這入ると仄暗かつた。
 挨拶をすますと、まあ一寸上らないかと云ふ。『ゆつくり弟さんの話でもしませう。』
 偶に帰つて来てゐる、自分の友人(父は生前その医者の友達であつた)の長男は、どんな男だらうかといふ、私に対するイヤな好奇心もあつたのだが、若い患者に、あなたの病気は癒らないのだといふことを何か悟つたことでもあるやうに思つたりする此の田舎医者は、恰度《ちやうど》その時患者もゐなく、夕飯前の時刻を、ボンヤリしてゐたのであつてみれば、上つて話せといふその言葉も、可なり自然なものであつた。私にしてからが数日来の色々のお勤めが、やつと茲で終りを告げるのであつてみれば、此の町に、今は自分の友人とてもない身の、フラフラツと、久しぶりにゆつくり話さうといふ気にもなつたし又、先に此の医者が死んだ弟にあなたは死ぬんだなぞといつた時、ビツクリさせられた印象が、何か此の田舎医者の中に追求してみたいといふ気持を、漠然と抱かせてゐたので、瞬時躊躇はしたものの、よし、では上つてやらうといふ気を起したのであつた。
『では』と云つて、私が背ろの硝子戸を締めると、医者の奥さんは、ニッコリとした。『獲物がかゝつた……』云つてみればさうなのである。

 更めてまた哀悼の辞を述べた後、此の医者は、私の東京に於ける生活の模様を、何かと訊くのであつた。やがてそれも絶えると、僕は年齢の二十余りも違ふ大人の前に罷《まか》り出た青年の、あの後悔を感ずるのであつた。代議士の妾宅であつたその家は、却々《なかなか》立派であつたので、私は『結構なお住ひです』なぞと、柄にもないことを云つて、又あらたな後悔をするのであつた。
 やがて酒はどうだといふ。私はまだ死んだ弟の仇打をしなければならないと、云つてみればそのやうな気持を、此の医者と対座して以来益々抱いてゐたの
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