》の心を俟《たの》みつつ。

吹く風誘はず、地の上の
敷きある屍《かばね》――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣《ばいしん》、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿す。


逝く夏の歌

並木の梢が深く息を吸つて、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子《ガラス》を、
歩み来た旅人は周章《あわ》てて見付けた。

山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。

風はリボンを空に送り、
私は嘗《かつ》て陥落した海のことを 
その浪のことを語らうと思ふ。

騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗手《のりて》もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。


悲しき朝

河瀬の音が山に来る、
春の光は、石のやうだ。
筧《かけひ》の水は、物語る
白髪《しらが》の嫗《をうな》にさも肖《に》てる。

雲母の口して歌つたよ、
背《うし》ろに倒れ、歌つたよ、
心は涸《か》れて皺枯《しわが》れて、
巌《いはほ》の上の、綱渡り。

知れざる炎、空にゆき!

響の雨は、濡れ冠る!

・・・・・
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