もろもろの業《わざ》、太陽のもとにては蒼《あを》ざめたるかな。
                                ――ソロモン
僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔《じ》れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著く一か八かの方途さへ、悉皆《すつかり》分かつたためしはない。

時に自分を揶揄《からか》ふやうに、僕は自分に訊《き》いてみるのだ。
それは女か? 甘《うま》いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもない
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