をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!

嘗《かつ》て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめてゐたかは!
しかしいまではもう諦めてしまつてさへゐる。
我利々々で、幼稚な、獣《けもの》や子供にしか、
彼女は出遇《であ》はなかつた。おまけに彼女はそれと識《し》らずに、
唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思つてゐる。
そして少しはいぢけてゐる。彼女は可哀想だ!

   III
かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがへば
なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に眼《まなこ》
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生《あ》れしながらの
うまし夢、またそがことわり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂ひ心地に美を索《もと》む
わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧きくるおもひもたずして、
人に勝《まさ》らん心のみいそがはしき
熱を病む風景ばかりかなしきはなし。

   IIII
私はおまへのことを思つてゐるよ。
いとほしい、なごやかに澄んだ
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