え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。
夏の夜の星の如くは今もなほ
遐《とほ》きみ空に見え隠る、今もなほ。
暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日の夢は希望は。
今はた此処《ここ》に打伏して
獣の如くは、暗き思ひす。
そが暗き思ひいつの日
晴れんとの知るよしなくて、
溺れたる夜《よる》の海より
空の月、望むが如し。
その浪はあまりに深く
その月はあまりに清く、
あはれわが若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。
夏
血を吐くやうな 倦《もの》うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡るがやうな悲しさに、み空をとほく
血を吐くやうな倦うさ、たゆけさ
空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩しく光り
今日の日も陽は炎《も》ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。
嵐のやうな心の歴史は
終焉《をは》つてしまつたもののやうに
そこから繰《たぐ》れる一つの緒《いとぐち》もないもののやうに
燃ゆる日の彼方《かなた》に睡る。
私は残る、亡骸《なきがら》として――
血を吐くやうなせつなさかなしさ。
心 象
I
松の木に風が吹き、
踏む砂利の音は寂しかつた。
暖い風が私の額を洗ひ
思ひははるかに、なつかしかつた。
腰をおろすと、
浪の音がひときは聞えた。
星はなく
空は暗い綿だつた。
とほりかかつた小舟の中で
船頭がその女房に向つて何かを云つた。
――その言葉は、聞きとれなかつた。
浪の音がひときはきこえた。
II
亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
城の塀乾きたり
風の吹く
草|靡《なび》く
丘を越え、野を渉《わた》り
憩ひなき
白き天使のみえ来ずや
あはれわれ死なんと欲す、
あはれわれ生きむと欲す
あはれわれ、亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
み空の方より、
風の吹く
みちこ
みちこ
そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。
またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
竝びくるなみ、渚《なぎさ》なみ、
いとすみやかにうつろひぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。
またその※[#「桑」におおがい、87]《ぬか》のうつくしさ
ふと物音におどろきて
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