土《よみぢ》の径を昇りゆく。


わが喫煙

おまへのその、白い二本の脛《あし》が、
  夕暮、港の町の寒い夕暮、
によきによきと、ペエヴの上を歩むのだ。
  店々に灯がついて、灯がついて、
私がそれをみながら歩いてゐると、
  おまへが声をかけるのだ、
どつかにはひつて憩《やす》みませうよと。

そこで私は、橋や荷足《にたり》を見残しながら、
  レストオランに這入《はひ》るのだ――
わんわんいふ喧騒《どよもし》、むつとするスチーム、
  さても此処《ここ》は別世界。
そこで私は、時宜にも合はないおまへの陽気な顔を眺め、
  かなしく煙草を吹かすのだ、
一服、一服、吹かすのだ……


妹 よ 

夜、うつくしい魂は涕《な》いて、
  ――かの女こそ正当《あたりき》なのに――
夜、うつくしい魂は涕いて、
  もう死んだつていいよう……といふのであつた。

湿つた野原の黒い土、短い草の上を
  夜風は吹いて、 
死んだつていいよう、死んだつていいよう、と、 
  うつくしい魂は涕くのであつた。
夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
  ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかつた……


寒い夜の自我像

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を我は嘆かず
人々の憔懆《せうさう》のみの愁《かな》しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を
わが瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。
蹌踉《よろ》めくままに静もりを保ち、
聊《いささ》かは儀文めいた心地をもつて
われはわが怠惰を諌《いさ》める
寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、而《しか》も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!


木 陰

神社の鳥居が光をうけて
楡《にれ》の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木陰は
私の後悔を宥《なだ》めてくれる

暗い後悔 いつでも附纏ふ後悔
馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去は
やがて涙つぽい晦暝《くわいめい》となり
やがて根強い疲労となつた

かくて今では朝から夜まで
忍従することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心したやうに
空を見上げる私の眼《まなこ》――

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる


失せし希望

暗き空へと消
前へ 次へ
全19ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング