者《ふるつはもの》が
時々恨む、その眼は怖い

その眼は怖くて、今日も僕は
浜へ出て来て、石に腰掛け
ぼんやり俯《うつむ》き、案じてゐれば
僕の胸さへ、波を打つのだ


残 暑

畳の上に、寝ころばう、
蝿《はへ》はブンブン 唸つてる
畳ももはや 黄色くなつたと
今朝がた 誰かが云つてゐたつけ

それやこれやと とりとめもなく
僕の頭に 記憶は浮かび
浮かぶがまゝに 浮かべてゐるうち
いつしか 僕は眠つてゐたのだ

覚めたのは 夕方ちかく
まだかなかな[#「かなかな」に傍点]は 啼《な》いてたけれど
樹々の梢は 陽を受けてたけど、
僕は庭木に 打水やつた

    打水が、樹々の下枝《しづえ》の葉の尖《さき》に
    光つてゐるのをいつまでも、僕は見てゐた


除夜の鐘

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜《よる》の空気を顫《ふる》はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

それは寺院の森の霧《きら》つた空……
そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧つた空……

その時子供は父母の膝下《ひざもと》で蕎麦《そば》を食うべ、
その時銀座はいつぱい
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