なつた。
 もう十一月も終り頃だつたが、私が女の新しき家《うち》の玄関に例のワレ物の包みを置いた時、新しき男は茶色のドテラを着て、極端に俯いて次の間で新聞を読んでゐた。私が直ぐに引返さうとすると、女が少し遊んでゆけといふし、それに続いて新しき男が、一寸上れよと云ふから、私は上つたのであつた。
 それから私は何を云つたかよくは覚えてゐないが、兎も角新しき男に皮肉めいたことを喋舌つたことを覚えてゐる。すると女が私に目配せするのであつた、まるでまだ私の女であるかのやうに。すると私はムラムラするのだつた、何故といつて、――それではどうして、私を棄てる必要があつたのだ?
 私はさよならを云つて、冷えた靴を穿いた。まだ移つて来たばかしの家なので、玄関には電球がなかつた。私はその暗い玄関で、靴を穿いたのを覚えてゐる。次の間の光を肩にうけて、女だけが、私を見送りに出てゐた。
 靴を穿き終ると私は黙つて硝子張の格子戸を開た。空に、冴え冴えとした月と雲とが見えた。慌ててゐたので少ししか開かなかつた格子戸を、からだを横にして出る時に、女の顔が見えた。と、その時、私はさも悪漢らしい微笑をつくつてみせたことを思
前へ 次へ
全11ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング