燔ヤ《(まま)》なのを気が付かないで。

船は衝突《あた》つた、世に不可思議なフロリダ州
人の肌膚《はだへ》の豹の目は叢《むら》なす花にいりまじり、
手綱の如く張りつめた虹は遥かの沖の方
海緑色の畜群に、いりまじる。

私は見た、沼かと紛《まが》ふ巨大な魚梁《やな》が沸き返るのを
其処にレヴィヤタンの一族は草に絡まり腐りゆき、
凪《(なぎ)》の中心《もなか》に海水は流れいそそぎ
遠方《をちかた》は淵を目がけて滝となる!

氷河、白銀の太陽、真珠の波、燠《(おき)》の空、
褐色の入江の底にぞつとする破船の残骸、
其処に大きな蛇は虫にくはれて
くねくねの木々の枝よりどす黒い臭気をあげては堕ちてゐた!

子供等に見せたかつたよ、碧波《あをなみ》に浮いてゐる鯛、
其の他金色の魚、歌ふ魚、
※[#「さんずい+區」、第3水準1−87−4]の花は私の漂流を祝福し、
えもいへぬ風は折々私を煽《おだ》てた。

時として地極と地帯に飽き果てた殉教者・海は
その歔欷《すすりなき》でもつて私をあやし、
黄色い吸口のある仄暗い花をばかざした
その時私は膝つく女のやうであつた

半島はわが船近く揺らぎつつ金褐の目
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