星でなし。
しかすがに彼等とどまる
――シシリーやアルマーニュ、
かの蒼ざめ愁《かな》しい霧の中《うち》、
粛として!
[#改ページ]
涙
鳥たちと畜群と、村人達から遐《(とほ)》く離れて、
私はとある叢林の中に、蹲《(しやが)》んで酒を酌んでゐた
榛《(はしばみ)》の、やさしい森に繞られて。
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
かのいたいけなオワズの川、声なき小楡《(こにれ)》、花なき芝生、
垂れ罩《(こ)》めた空から私が酌んだのは――
瓢《ひさご》の中から酌めたのは、味もそつけもありはせぬ
徒《(いたづら)》に汗をかゝせる金の液。
かくて私は旅籠屋《はたごや》の、ボロ看板となつたのだ。
やがて嵐は空を変へ、暗くした。
黒い国々、湖水々々《みづうみみづうみ》、竿や棒、
はては清夜の列柱か、数々の船著場か。
樹々の雨水《あめみづ》砂に滲《し》み
風は空から氷片を、泥池めがけてぶつつけた……
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。
[#改ページ]
カシスの川
カシスの川は何にも知らずに流れる
異様な谷間を、
百羽の烏が声もて伴《つ》れ添ふ……
ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
沢山の風がくぐもる時。
すべては流れる、昔の田舎や
訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
抗《あらが》ふ神秘とともに流れる。
彷徨《(さまよ)》へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近《あたり》にして人は解する。
それにしてもだ、風の爽かなこと!
飛脚は矢来に何を見るとも
なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
烏、おまへのやさしい心根《こころね》!
古い木片《きぎれ》で乾杯をする
狡獪な農夫は此処より立去れ。
[#改ページ]
朝の思ひ
夏の朝、四時、
愛の睡気がなほも漂ふ
木立の下。東天は吐き出だしてゐる
楽しい夕べのかのかをり。
だが、彼方《かなた》、エスペリイドの太陽の方《かた》、
大いなる工作場では、
シャツ一枚の大工の腕が
もう動いてゐる。
荒寥たるその仕事場で、冷静な、
彼等は豪奢な屋敷の準備《こしらへ》
あでやかな空の下にて微笑せん
都市の富貴の下準備《したごしらへ》。
おゝ、これら嬉しい職人のため
バビロン王
前へ
次へ
全43ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中原 中也 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング