おける陰影は必ず太陽のある位置がわかるところのこの世の影である。もちろん西洋でもうんと古代の初期絵画になると一種の隈で現実世界の光線とは無関係になっていることがあるが、相当絵画が進歩してからのものは非常にいよいよ太陽光線によって現れたところのこの世界のあらゆる光線の強弱階段を描いている。印象派などは極端に太陽光線ばかりを描いたようだが、ともかく影とひなたは油絵の母体であり相貌といっていい。だから日本画の技術のみを習得した画家には絶対に油絵は早速試みることは出来ないが、洋画家はちょっと道楽に日本画の墨画を試みてもまずいながらも成功する例が沢山ある。それは自分達人種の伝統にからみついているところのお里へちょっと帰りさえすれば出来る仕事であるのだ。西洋人は素人でも子供でもが何か絵を描こうとする時必ず影とひなたから描いて行く、そして絵の心得なきものでも容易に遠近と立体とを表現することが出来る。
西洋の神様や幽霊の絵は足だけは宙に浮かび上がっているが、やはり太陽の光を浴びているところの確実なる地上の存在となって立っている。幽霊でさえもまず半透明体位のところで、やはり光線を浴びてまごついている。
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