ません。手紙でさえも葉書一枚でさえも書くのが嫌になる。結局絵をかいている間は無言でいたいというのが本当です。ところで手紙がすらすら書けたり、何かつまらない随筆を頼まれたりしてそれが多少興味を持って書くことが出来たりすることが重なってくると、絵を描く仕事が大変うとましいことと思われて来る。そしてパレットの絵具がかたまって幾週間を過ぎてしまうことさえある。
 絵は眼の神経と、感覚から生まれてくる産物です。文学は主として心の働きのみによるもので、眼はただ軍艦の探海燈の如く人間の手の如く、足の如く、ただ普通の便宜上の役目をさえ掌っていればことは足りるのであります。したがって絵の仕事のみ夢中になっていると、視神経は驚くべき敏感さを増してくる。普通人には見えないところの色彩を画家は認め、感じ、線のあらゆる形相を知り、微妙にして微細なる明暗を識別し、同時に形と調子と色彩と線の大調和を感得するようなものでしょう。
 それで私の経験ではあまりお喋りをし続けたり、文章を書いたりしたあとは眼の神経が多少うとくなるのを感じます。したがって絵画を構成する諸要素を発見することの鈍感さ、自然が発散するリズムを認め感
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