は急に衰微するとは思えない。
とにかく、政府や富豪の力で保護しなければ衰えそうな芸術は、何んと霊薬を飲ませて見た処で辛《かろ》うじてこの世に止《とど》め得るに過ぎなくなるにきまっている。従ってその最盛期におけるだけの名人名工はその末世にあっては再び現われるものでない。ところで油絵芸術はまだ末世でもあるまいと私の職業柄いっておかなければ都合が悪いけれども、本当の事は、私にはわからない。
B
この間、私が見た芝居では、天王寺屋兵助という盲目の男が五十両の金|故《ゆえ》に妻を奪われ、自分は殺され、まだその他にも人死にの惨事が出来上《できあがっ》たようだった。全く人間の生命も金に見積るとセッターや、セファード、テリヤよりも案外安値なものである。
絵描き貧乏と金言にもある通り、その一生といってもこれは主として私の一生の事だが、それを金に換算すると随分安い方に属していると思う。
酒は飲めず、遊蕩《ゆうとう》の志は備わっているが体力微弱である私は、先ず幸福に対する費用といえば、すこぶる僅少《きんしょう》で足りる訳である。たとえば散歩の時カフェー代と多少のタクシと活動写真観覧費と
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