を琵琶歌《びわうた》を以て申上げる事も六《む》ずかしいのである如く、あの粘着力ある大仕掛にして大時代的な、最も壮大であった時代を起源とする歴史と組織を有する処の、ミケランジェロやルーベンスを生んだ処のその武器を持って、戦いに出る事は、近代以降の人間にとってかなり憂うべき十字架となりつつありはしないかとさえ考え得るのである。
 だがしかし、今私はさような事を述べる場合ではない。われわれは近代人がこの技術を如何に処理し如何に組織を改めたかを知らねばならぬ。
 全く、西洋においても、十五世紀以来、多少の変化はあったとしても大局から見て絵画は立派な老舗《しにせ》の下敷となって退屈を極め出したのである。その結果近代のフランスにおいて、とうとう印象派が起り、次に後期印象派が起り、キュービストとなり、構成派となり未来派となり、ダダとなり、あらゆるものが次から次へと勃興《ぼっこう》した事は、一つには退屈と衰亡に際する一種の死の苦悶《くもん》から湧き上った処の大革命であったに違いない。
 それらのいろいろの主張や主義や、団体は、幸にして油絵の組織を悉《ことごと》く変化させ、あるいは暴動に似たイズムさえ各処に起って、近代の芸術は頗《すこぶ》る面目を改めてしまった事は何んといっても晴々とした事である。
 幸にして油絵の組織は完全に潰《つぶ》されてしまった。しかしながら、組織を潰す事は油絵そのものの死を早め誘うものである事が判明した。人間の組織を潰す事は人間の死を致す場合がある。それから、人間はあまりに潰れ過ぎたものを正視する事を何んだか嫌がる本能性があるものである。過ぎたるは及ばずという言葉の如く、最近は、その潰《つぶ》れた油絵の組織をば建て直そうとする傾向が現れた。やはり、人類を生かすためには紀元以前から持参する処の古き胃袋を必要とする事、古き肺臓、古き心臓、そして古き生殖器さえも必要であると思われて来た訳であるかも知れない。
 そこで近代の油絵は、また再び構成され、あるものは古典に立ち帰って研究され、あるいはその以前である処のプリミチーブの領域にまで頭を延ばして研究され、油絵の組織は整頓されようとして来たのである。
 だがしかし、それらの仕事の何もかもは、近代の心と油絵技法との、そりの合わない事における末世の苦悶と見ていいかと私はひそかに考える。
 何はともあれ、油絵は、油絵という範囲と限界のあるものである事が判明した。そしてその限界を越えざる程度において、組織を変改し、近代の心をその上に盛り、近代の心と個性によってその古き古き胃袋を使いこなし、古き組織の人間が新らしきツェッペリンに乗る事等によって、現代の絵画はともかくも生命を保ちつつ動いているかの如く見えるのである。
 要するに油絵という芸術には、それ相当の組織があり、その組織を完全に潰すと同時に油絵は死滅しかかるものである事がわかったのである。即ちその形体、立体、線、空気、調子、光、空間、階調、構図、色彩等の相連関する処の結合体を欠く事が出来ないのである。
 近代の人間のあらゆる苦悶によって、それらの伝統と、組織の要素が捨てられ、潰され、再び拾われ整理されたその結果において、ともかくもなされた近代の油絵における技法上の大事業は、あるいは特質とも見るべきものは、それは壮大なる王様の行列を数台の自動車に改めた事である。非常な省略と単化が行われ出した事だといってよい。
 技法と組織の省略と単純化は近代絵画のもつ重要な特質だと言っていいであろう。
 単純と省略は野性へ帰ろうとする力である。うるさい礼節の極端な発達は、人間の心をその中へ封じ込めてしまうものである。壮大にして複雑な油絵の組織と、先祖の立派な遺業は次の時代の人間の心をその下敷にしてしまったものである。
 近代人の苦悶はとうとう人間の心を組織ある野性において露出せしめた訳である。フランス近代におけるフォーブの一群などはその代表的な一群であろう。

     7 近代新技法の特質

 人間世界の文化があまり発達し過ぎてしまう頃には、沢山の組織とあり余った規則とうるさい儀礼とでこの世の中は充《み》たされてしまう事である。そして人間の心がその下敷となって動きの取れない悲しみを味《あじわ》うものである。規則や組織が古ぼけてしまった時には、ぜひとも清潔に掃除してしまわない限り、次の新らしい人間の心は成長し難いものである。
 西洋における近代のあらゆる絵画の主義や傾向の新しい各派の次ぎ次ぎと起って来た有様は、全く驚くべきものであった。それらはあたかも油絵の組織と規則の下敷から躍り出した処の勇敢なる一群の野蛮人であったといって差支《さしつか》えあるまい。
 新らしき野蛮人は、いつも大掃除については欠くべからざる役目を仕《つかまつ》るものである。
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