きを指で練り固めてゴムの代用とする)
画架
[#ここで字下げ終わり]
以上のものがあれば即ち石膏の胸像の簡単なものから描き初める事が出来る。そしてだんだんと複雑な石膏に及び、やがて生きた人体のモデルに及ぼせばよいのである。
 石膏写生が無興味だとあって、直ちに人体写生に飛越える事も冒険であり無駄骨である。人は動く、形は変化する色彩が複雑で初学の眼には判然としない。またその物質感も石膏と違ってかたい所、あるいは軟かい場所等様々の触感があるために最初に人体を写す事は無理である。

 最初の心得
 石膏の胸像をば画面の中央へいじける事なくまた実物よりも妙に大きくならぬよう、ほぼ実在の大きさを想像させる位いの、のびやかさを以て画面の中央へ行儀よく描くべき事。
 画面の片隅へ胸像がずり込んだり前方へのび出したりしないように、構図よろしく画面へ取り入るべき事。
 なるべく、実物の全体を大まかに描き初め、眼、鼻等の造作を決して気にかけず大きな塊《かたま》りとして見るべき事。どうも、最初の人は必ず目玉を気にして、顔の形も整わない中《うち》から目玉だけははっきりと描くくせ[#「くせ」に傍点]がある。そして妙なお化けを製造する。
 顔の造作は立体中の凹所凸起位いに思って描けばいいと思う。
 最初はなるべく木炭の最も淡き調子を以て描き初むる事。うすぼんやりとした大体の塊まりからだんだんと形を強めて行くべき事。
 大体の形状がほぼ出来ると同時に最も明るい部分と、他の暗き部分との明暗二つの大きな世界に区別する事。次に明所の光の諸階段を眺め暗所の反射等による諸階段を眺めて行く。
 例えば太陽と白き球体との関係を想像して見るに、太陽が球を照す時、太陽に面する方は昼であり、他方は夜である。
 即ち昼夜の大体に区分される。次に昼の部分において最も太陽の直射する部分が最も明るく、それより光が斜にあたるに従い正しき音階を作りつつ暗さを増して行く。
 また、日蔭《ひかげ》の即ち夜の部分であるが、地球とすれば星あかり、あるいは月の光、この世の物体とすればあらゆるものの反射の光があるので、従ってここにもまた光の音階が現れる。そして結局太陽から遠く、反射からも遠い処の昼夜の分岐線(図ではAB線[#図は省略])の辺りにおいて最も暗い影を見るのである。
 かくの如く昼夜両面の中に、無数の光の正しき音階が現れて来るのであるが、この光の階段はこの球体の場合に限らず、あらゆる立体においてもこれとほぼ同じ理由による光の階段が大概の場合附き纏《まと》うものである。
 石膏の胸像も球に比べるとかなり複雑な立体ではあるが、しかしこれを一つの球だと考えてしまって、その調子を眺める事が必要である。
 ただ多少の形に変化あるだけ、調子にも複雑な変化を現すが、大体において球の場合と同じ光景を呈するのである。
 石膏にあてる日の光は、なるべく右、あるいは左横手よりする事がよいと思う。正面に光があたると、完全な明暗の区別が見えなくなり物体が平板と見え、調子を見る事が出来ないからである。
 食パンを使い過ぎない事。しめったパンをゴシゴシと摺《す》り込むと紙が湿って木炭がのらなくなってしまう。
 木炭はその尖端《せんたん》を使用し、時には木炭の横腹を以て広い部分を一抹《いちまつ》する事もよろしい。鉛筆画と違って、調子を作るために線の網目や並行の斜線を使用する必要がない。ぼかすためには指頭を以て木炭で描いた上を摺る事もよろしい。
 あまり指頭でぼかし過ぎ、こすり過ぎると木炭の色が茶色と変じて死んでしまう。また脂汗《あぶらあせ》の指で摺りその上をパンでゴシゴシ消すと、木炭紙は滑《なめら》かになってしまって木炭はのらなくなる。
 木炭では、最も軽く淡き色より最も濃く黒き色に到るまでの多くの度や、階段を造り得るものである。それを生かして自由自在に調子のために活用すべきである。
 以上、先ずざっと、その位いの事を最初に知って置く必要がある。それからは、要するに自分自身の眼を以って、出来るだけ正確に写す事である。

     5 人体習作について

 素描を研究すると同時に、油絵を以って、人体の五体を描く事は、基礎工事として技術上欠くべからざる順序である。
 この世の中で人間が一番よく了解し得るものは、お互の人間同士の姿である。猿は猿を知り、犬は犬を知り、猫は猫を、牛は牛を知っているはずである。
 人間は猫の縹緻《きりょう》の種々相を見わけるだけの神経を持たないが、猫はちゃんと持っているのである。
 松の木の枝を実物よりも五本省略して描いても松は松であるけれども、人間の指が一本不足しても、人は怪しむ、人間の腹のただ一点である処の臍[#「臍」は底本では「腸」]を紛失させたとしたら、腹は不思議な袋と化けてしまう。
 人間
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