あったら、さて別荘のどの部屋へ立てたらいいか。これならまだ油絵の様式でさえ描けばまた何とか応用の途はある。要するに結局、時代は如何に変遷しても日本画の展覧会は雲と波と鶴と何々八景と上代美人と仏像である。それでもしも日本画の展覧会を西欧都市で開催でもすると、日本に汽車はあるかと訊くところのタタミ、ハラキリ的西洋人はうっかりと東洋天国を夢想して今に吉祥天女在世の生活にあこがれ、日本人はことごとく南宋的山水の中で童子をしたがえて琴を弾じ、治兵衛は今も天満で紙屋をしているように思ってくれたりするかも知れない。そしてはるばるやって来ると富士山の下で天人がカフェーを開いているし、新開の東京にはフォーブとシュールレアリズムとプロレタリア芸術が喧嘩をしていたりするわけだから、少々ばかり驚くことだろう。
 すなわち彼らは腹立ちのあまり日本はなぜあの古き天国へ還元しないか、油絵なぞ描くのがそもそも誤りだと、さも親切らしき訓戒を与えて去って行くこともある。この訓戒こそは都会人が田舎へ行くと、誰でも一応は申してみたくなる口上である。私が西洋からの帰途上海へ上陸した折、ちょうど支那人の洋画展覧会があったのでのぞいてみた。するとほとんど拙いものはかえって支那的な感じを持っていたが少々出来のいいのは大概日本の帝展風だった。何故帝展と同じものを描くのか、支那にはもっと支那らしい……と例の口上がいってみたくなったが、さて私はこの口上だけは軽々しくいうべきものではないと思った。支那の若い作家はまた彼らの天国を勝手自由に求めているのだから、いらない世話はしない方がいい。
 さて、若き力ある西洋画家が最新の技法を将来して日本の土を踏むや、彼らは大概一年間はどうしようかを考える。その折角の最新芸術様式によって日本の何者を生かそうかと考える時、生きそうな何者も容易に発見出来ないことがある。古い伝統の上にようやくと重なり重なって統一せるパリの都会とその生活の落着きと、美しさの上に立って動く芸術の様式であり、その様式によって直ちに写し出すことの出来る人間生活、日常風景、都会雑景である。例えばモンマルトル辺りの古びた家並と鎧窓の続くパリの横町と、フランス的な横文字の看板の美しい配列に陶酔せるユトリロふうであるとしても、日本現代の都市へ帰朝すれば、八階のビルディングの下に下駄の如き長家が並び、アッパッパ、学名ホームド
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