成金か、女郎屋の亭主か、何か知りませんが、芸者数名を従えて汽車に乗っているのをよく皆さんは見かけることがありましょう、そんな男は大概憎らしいほど太っています、そしてその神経の太さを充分に発揚しております、乗客の神経も、車掌の神経も、女の神経も、汽車の神経も、皆その大黒柱で踏み潰しております、これを作品に例えてみるとちょうど帝展へ、ある彫刻屋が牛車で、達磨の巨像を担ぎこんだようなものかも知れません。しかし帝展では落選させるからよろしいが、世の中ではこれをはねてしまうわけに行かないので困ります。大体遊興と申すものは神経の太さと金の光を発揚する楽しみと見て差し支えありません。別して大阪人の遊興にはこの種類が多いのでありまして神経係りは大変迷惑を致すのであります。
 神経は太きが故に尊からず、また細きが故に尊からず、上等の地震計が一番尊いのだという格言があるわけではありませんが、総じて芸術の観賞というものはその神経の観賞でありまして、この観賞は人の心の観賞であります、墨色判断であります、八卦であります、人の心の何もかもが判明するのであります、したがって芸術がわかると、この世の中に不愉快の数がう
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