出しましたまま書き記《しる》す次第であります。
大体世の中で何が一番怖ろしいと申しましても人間位い怖ろしいものはありません、妖怪や狐狸変化《こりへんげ》の類に噛殺《かみころ》されたものは尠《すくな》いが、大概の人間は、常に人間に悩まされているようであります。
私が美校を出て三、四年うろうろしていた或秋のことでした、私は風景写生がして見たさに奈良へまいりまして、そこで或人の紹介で金持ちの後家さんの離座敷を借受ける事になりました。
その家は木辻遊廓の近くにありまして、奈良特有の低い屋根で蔽《おお》われた暗い家でした、主人の後家さんというのは、何んでも亭主にも養子にも逃られたという事で、今は女中も置ない完全な一人暮しでありました、年は六十幾歳という、頗《すこぶ》る萎《しな》びた老人でありました。
ところが、初めて私がその座敷へ通った時、婆さんは私を案内しながら、埃《ほこり》のつもった雨戸を開けたり蜘蛛の巣を払ったりしてくれました、その時私はつくづくと婆さんを眺めて、少しおかしいなと思いました、その顔というのが何か草鞋《わらじ》の裏といった形相《ぎょうそう》で、無数の皺《しわ》の中には
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