金槌でガンガン釘を打ち込むという仕事を行うだけの神経と勇気が出るかどうか。
 私が一〇年程以前のある真夏、 鞆の津[#「鞆の津」は底本では「靱の津」]のある旅館へ泊ったことがある。それがちょうど右の状態そのままであった。その上、折悪しくもその日から猛烈な台風が襲来したものだ。瀬戸内海も仙酔島も風と雨と水沫とでめちゃめちゃとなってしまった。
 海に面した側の私たちの部屋はことごとく、女中によって雨戸が締められた。
 こうなると暗くて、陰鬱で、蒸暑くて、私は一人で、他人は二人以上であるからやりきれない。寂しく羨ましく退屈でしゃくで、イライラする神経と金のない不安やらいろいろから、いかにも我慢がならないので、といってこの暴風雨にどこへ飛び出すわけにも行かなかった。
 私は隣の若い夫婦の親愛な言葉や、憎さげに肥えた株屋といった人相の男と芸者達がやる賭博と、下等な笑い声をじっと忍従の心で聞くより他に道はなかった。
 私はせめて家の屋根でも見ている方がましではないかと考えたので、女中に頼んで道路に面した側の部屋へ移転させてもらったのだ。ここは幸いにして雨も風も吹き込まず、ともかく町家並が眺め得られ
前へ 次へ
全166ページ中119ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小出 楢重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング